2014年11月29日

ミ=ゴの唄 (美空ひばりリンゴの唄で)

ミ=ゴの唄 (美空ひばりリンゴの唄で)
黄色いミ=ゴに顔寄せられて
黙って見ている円筒形
ミ=ゴは何にも言わないけれど
ミ=ゴ恐いわ 恐いわミ=ゴ

話しましょうか ミ=ゴの言葉
二人で話せば ハウリング
皆で話せば 通信網
ミ=ゴの気持ちを 伝えよか
ミ=ゴ恐いわ 恐いわミ=ゴ
posted by 九十九屋さんた at 03:57| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | クトゥルフ替え歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

狂気山脈(青い山脈のメロディーで)

狂気山脈
(青い山脈のメロディーで)
 
謎の文明痕跡に 
氷河崩れる 人も死ぬ
狂気山脈 テケリ・リ
恐ろしき
見るな心が 砕け散る

古い種族よ さようなら
悪夢の都市よ さようなら
狂気山脈 飛べ飛行機
空の果て
しかし今なお 悪夢(ゆめ)に呼ぶ
posted by 九十九屋さんた at 03:55| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | クトゥルフ替え歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月13日

妖怪の名前の入力が簡単になる妖怪IME 10月追加

妖怪名IME、今回は
細手長手(ほそでながて)
卍字錫杖(まんじしゃくじょう)
どちらも2体の存在をまとめて一つの話にしている気がします。

気になったらこちらで軽い説明を載せておきました。http://youkai.seesaa.net/article/407018841.html

何その話という方は
妖怪用のIMEを作ってみました 
http://youkai.seesaa.net/article/2086247.html を見ていただければと。

 

 入れたことのある方は新しいファイルはこちらです http://youkai.up.seesaa.net/image/tango.zip
posted by 九十九屋さんた at 07:33| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 妖怪名IME | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

妖怪名10月更新分の説明

細手長手(ほそでながて)
吉凶禍福につれて人の家に現れるとされる。三・四歳ほどの手の大きさで小さいが、長さは二尺ほどもあるがきわめて細い蔓のようだ姿だという。これらが出た家は、その後、津波や洪水で家ごとなくなった。
佐々木喜善 『遠野のザシキワラシとオシラサマ』より

卍字錫杖(まんじしゃくじょう)
陸奥国岩木山で、猟師である磐治に山の主になるために、現在の主である三面独眼一本脚の主を倒すべく助力を求めたという。卍字と錫杖という二個の鬼の場合もあるが、一体で二面一本脚の怪物であったとも言われる。
佐々木喜善 『東奥異聞』より

佐々木喜善さんの本はぎゅっと詰め込んであって、これで終わりでもいいというくらいの話が入っているイメージがあります。
posted by 九十九屋さんた at 07:28| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 妖怪名IME | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月08日

 赤べこのまだら



 10月ですね。実りの季節で、食べ物がおいしいですね。今年は夏が暑く台風等があったので庭のクリがほとんど先に落ちてしまって悲しい限りです。
 ここ最近、デング熱の話をよく聞きます。割合、子どもの頃に名前をおぼえたのですが、ずっとテング熱だと勘違いしていまして、思い込みというのは恐いと思いました。
 
 さて前回に続き疫病神の話ですが、特に多いのは疱瘡神です。疱瘡というと、馴染みがないと思われるかもしれませんが、疱瘡というのは天然痘の事でして。既に絶滅宣言が出て何十年も出ているので、知らない方も多いと思いますが、非常に死亡率が高く、日本の歴史でも何度か流行っております。古くは、仏教が初めて日本に入った時に流行、国の神が異教の教えを受けた事を怒り流行らせた。奈良の大仏造営も藤原氏の重鎮が次々と疱瘡で亡くなったのが原因の一つと言われています。
 そんな疱瘡神とはどんなものかというと、夫婦の神であり、裳神と呼ばれたといいます。一件の家にとどまらずに、多くの患者を出すことがわかっているので、町ぐるみ、村ぐるみで疱瘡避けのお祭りが行われたり、神として祭られました。この辺りですと江戸時代にも流行った為に、メインに祭られている神社は少ないですが、神社や寺などで集められた石碑の中に見ることができます。
 赤い物が苦手という伝承は、今でも残っています。例えば、会津地方に伝わる赤べこです。疱瘡神は赤い物を嫌うとされました。その斑点は子供がかかる疱瘡をあらわし、子供の身代わりになるといわれたのです。
posted by 九十九屋さんた at 21:06| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月08日

おびしゃと三本足の烏のこと

おびしゃ 狙うは陰か陽か
一月〜二月にかけて、東葛の各地でおびしゃが行われます。
おびしゃというのは柏市船戸や、船橋の子神社、他にも何箇所かで行われる行事で、流鏑馬が走って馬で射るのにたいして、平地で人間が歩いて射つものをそういいます。もともと歩射祭が変化して、おびしゃになったといわれています。場所によっては鬼射と表記するところもありますが、この辺りでは平仮名表記が多いですね。
ただ、残念な事に現代では弓を射る事は少なくなっているようです。ただ、その前後に行われる行事は昔の形を留めているところが多いですから、もし近所でやられているところがありましたら、見てみてはいかがでしょうか。
  さて射抜く的になっているものを見ると、陰と陽なのです。とはいってもインヤンじゃありませんよ。イメージ的なものです。

  陰は鬼射の言葉通り鬼です。弓で鬼といいますと節分の元になった追儺を思い出しますね。これは大晦日の夜、悪鬼を払い疫病を除く儀式。舎人の鬼に扮装した者を、内裏の四門をめぐって追い回すものです。大舎人長が方相氏の役を務めます。方相氏というのは、黄金四つ目の仮面を被り、玄衣朱裳を着し、手に矛・楯を執った姿で正直化け物っぽいです。何となくこれを見て蚩尤を思いしません。
周の儀礼書に従うとこれは蚩尤の姿に思えるのです。

これを大儺といい、紺の布衣に緋の抹額を着けて大儺に従って駆け回る童子を小儺とよぶそうです。つまりは追いかける大儺小儺ですね。殿上人は桃の弓、葦の矢で鬼をもって追ったといわれています。近世、民間では節分の行事となったといいますから、2月におびしゃが行われるのも関係あるのかもしれません。





  では陽はなんでしょうか。そうカラスです。ただのカラスをではありません。よく見ると足が三本なのです。
  三本足のカラスと聞いて思い出される方も多いと思いますが、日本サッカーの象徴ヤタガラスです。このヤタガラス、八咫烏と書き大きなカラスといったものですが、神武天皇が東征した際に、道を案内した霊鳥と言われており、信仰の対象です。
  しかし、三本足のカラスにはもう一つ由来があります。中国において三本足の烏は、太陽を象徴し、金烏と呼ばれました。ちなみに三本の足は太陽黒点の象徴と言われています。豊作を祈る行事に、豊穣をもたらす太陽の象徴を射抜くとはどういうことなのでしょうか。
  おびしゃが始まったと思われる平安時代日本は亜熱帯気候だったといいます。そんな気候の時、太陽が盛んになるとどんな影響があるでしょう。そう旱魃が増えるのです。
  平安時代は様々な宗教が混濁とした陰陽道が広がった時代でもあります。中国の神話に、太古の時代、太陽がいくつもあり、弓の名神が打ち落として一つにしたという伝承があります。おびしゃもそれに倣って、象徴である金烏を撃つことで、太陽が盛んになるのを防ぎ、豊作を願ったものの後なのではないでしょうか。
 


化けガラス
利根川の流域に化けガラスが出たという話がある。昨日実在の武将が関わる話は、そのカラスを退治たというものだ。この武将のおもしろいところは、自分一人だけで戦わなかった事。
一将功なりて万骨枯るというが、あまりほかのモノの記録というのは残らないものなのだが。

で、その助力したのは、 カッパであるという。カッパと人間が手を組んで、難敵である化けガラスにあたったのです。

さて、ここからが今日のテーマの動物。化けガラスというと、どのような化け物を想像するでありましょう。やはり八咫烏やら金烏やらの類でしょうか。

ところでそのカラスの姿は、頭は猿、胴体は虎で、尾は蛇、で大きな羽をつけている。カラスの要素より鵺じゃないかと驚いたものです。ただこの化けガラス、確かに金烏の類と見えて、起こすのは日照りなのですね。さて、武将とカッパは力を合わせます。武将はカッパから百人力を授かり、弓矢で持って化けガラスを倒すのです。すると足が三本。やはり金烏だったようです。ところで、この烏を撃ち落とすのです。

この武将さん、平家物語に出てきます。華やかな役ではなくて、割合脇役。そのような人だから、きっと地元の伝説も無理に作ったのではなくて、実際何かあった事件を元にしているのかなと思います。
そして「おびしゃ 狙うは陰か陽か」の話にも何かかわっているのかなという気がします。


そういうとき、歴史と伝説が交錯しているような不思議な感じがあります。

九十九屋さんた同人誌「youkai shoot the breeze」より
posted by 九十九屋さんた at 20:17| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月30日

妖怪の名前の入力が楽になる妖怪名IME 今月は岡山の妖怪事典から控えめに追加

 妖怪名IME、木下浩の岡山の妖怪事典―妖怪編 (岡山文庫) から控えめに追加。http://www.amazon.co.jp/gp/product/4821252902?ie=UTF8&camp=1207&creative=8411&creativeASIN=4821252902&linkCode=shr&tag=fanda-22

三腰幽霊(みこしゆうれい)
五人宗谷(ごにんぞわい)
長頭人 長脛人(ながずと)
塵輪(じんりん)
塵輪鬼(じんりんき)
粋呑(すいとん)
化生狸(けしょうたぬき)
生石皇様(おんじのうさま)
興味を持たれたらこちらで
http://youkai.seesaa.net/article/404560505.html

さらに知りたくなったのは
木下浩の岡山の妖怪事典―妖怪編 (岡山文庫)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4821252902?ie=UTF8&camp=1207&creative=8411&creativeASIN=4821252902&linkCode=shr&tag=fanda-22




何その話という方は
妖怪用のIMEを作ってみました 
http://youkai.seesaa.net/article/2086247.html を見ていただければと。

 

 入れたことのある方は新しいファイルはこちらです http://youkai.up.seesaa.net/image/tango.zip
posted by 九十九屋さんた at 00:04| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 妖怪名IME | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月29日

妖怪名8月更新分の説明

三腰幽霊(みこしゆうれい)
津山市の宇江田というところに出たという幽霊。はじめは人間の形をしているが、それが大男になったと思うと、「カタン」と三度音を立てながら三つに折れてしまう。暫くするとまた大男になり、三つに折れては消える。


五人宗谷(ごにんぞわい)
宇野港の沖合にある岩礁で起こるといわれるもの。雨の夜などに海の底から話し声がしたり、人魂が飛ぶという。いつの頃か不明だが、五人の盲人が騙され、島に置き去りにされ、溺死したものの恨みという。


長頭人 長脛人(ながずと)
吉備津神社の鎧岩の上に出たという。顔は蒼白で、口は耳まで裂け、内股を露わにした肌は白く、足は人並み外れて長い。黒髪は腰の辺りまであり、人を見ると冷笑を浮かべながら髪をとくという。


塵輪(じんりん)
塵輪という翼を持つとも八つの頭を持つとも。大陸より大軍を持って日本に攻め入り、数知れない民を殺した。その力は強かったが、自ら弓をとった仲哀天皇により討たれた。



塵輪鬼(じんりんき)
塵輪が死後、鬼となり三韓征伐の際に、牛鬼と化し、神功皇后の前に現れたが、住吉明神が角をつかんで投げ飛ばされ、倒された。 塵輪鬼は頭は黄島、胴体の前は前島、胴体の後ろは青島、お尻の部分は黒島に化けたと伝えられている。



粋呑(すいとん)
一本足で「スイー・トン」と知らぬ間に来て、人間を引き裂いて食べるという。人の考えている事がわかり、退治をする算段をすると見抜かれるという。https://www.google.com/search?q=%E3%81%99%E3%81%84%E3%81%A8%E3%82%93+%E5%A6%96%E6%80%AA&safe=off&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=tbPuU-K0Cork8AWG94GoAw&ved=0CAYQ_AUoAQ&biw=866&bih=729




化生狸(けしょうたぬき)
南蛮の王が野心を持って送り出した伴天連の乗っていた船に密航して日本にたどり着いたキュウモウタヌキ。最初は堺に上陸し、直ぐに存在を知られる事になり、追われる。逃避行を続け、加茂の黒喰高見山に落ちつき、悪戯をくり返した。しかし、最後は命ある限り人を助けることを誓った事から、祭られ、魔法宮と呼ばれ、繁盛した。



生石皇様(おんじのうさま)
岡山後楽園作成の時、つくばい一つで完成という段、領内で石を探したところ、よいものがあり岡山城内に持ち帰った。石の頂に水を入れる穴を掘ったところ、真っ赤な血が噴き出し、夜になると泣いたという。その為戻されたが、石とは言え魂があるものと祭り始めた。

posted by 九十九屋さんた at 23:33| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 妖怪名IME | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月19日

妖怪名IME 今月は日向の国 あなたの心をいつもぽかぽか妖気にします

 妖怪名IME。最近、言葉が多くなりすぎてしまい、自分でもこれどんなのだっけ?というのが増えてきたので、軽い説明を更新時に入れていこうと思います。

 今回は、日向の伝説 第一法規出版 (1976)を軸に、宮崎の伝説を検索して加えました。

追加は
割裂き神石(わりさきかみいし)
魔石(まいし)
愛宕狐(あたごぎつね)
太郎兵衛狐(たるべえぎつね)
鼻長坊尊(びちょうぼんそん)
鬼八(きはち)
です。




割裂き神石(わりさきかみいし)
またの名を魔石(まいし)といった。
宮崎の故有谷にある石。太古は魔魅として害を為し、霧島の神に、三つに切られた。一つは雷となって消え、残った二つがこの石である。伊弉諾が伊弉冉を思い涙したものが固まったものともいう。

鬼が造った階段?涙で出来た石?宮崎「東霧島神社」は九州随一のパワースポット! | 宮崎県 | [たびねす] by Travel.jp http://guide.travel.co.jp/article/2651/

実物を現在でも見ることができるが、そこには伝説の中にある伝承が残っていないのはおもしろいことだ。


愛宕狐(あたごぎつね)
宮崎は延岡愛宕山の麓の柞ヶ谷に住み、村役人の太郎兵衛さんによく化けることから太郎兵衛狐(たるべえぎつね)とも呼ばれた。よく人をからかって、小さな荷物と見せかけて大きな岩を持ち上げらせようとした。


鼻長坊尊(びちょうぼんそん)
延岡の大武寺に旅の小僧が住み着いた。小僧はよく仕事をしたがその様子を見たことが無かった。ある日の事、和尚が早朝から小僧を見ていると、団扇を出して通力を用いていた。その事を話すと、修行が嫌で出てきた天狗であり、正体がばれてはいられないという。去り際に自分の姿を残すようにいい、それは火伏地蔵と呼ばれた。
火難除けの秋葉山関係の像は天狗に似ているから、その辺りから由来を聞かれて、話が構成されたのかもしれない。
https://www.google.com/search?q=%E7%A7%8B%E8%91%89%E5%A4%A7%E6%A8%A9%E7%8F%BE&safe=off&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=jNbCU76sMMSokwWCh4CADw&ved=0CAkQ_AUoAg&biw=1527&bih=817#facrc=_&imgdii=_&imgrc=okQskNTZLtV12M%253A%3BQB8P1CssOK9dSM%3Bhttp%253A%252F%252Fwww.zoeji.com%252F02charms%252F02-huda%252F%252594%2525D1%252593%2525EA%25258Cn%252Ftako-sanjyaku.jpg%3Bhttp%253A%252F%252Fwww.zoeji.com%252F02charms%252F02-huda%252F02char-huda-izuna.html%3B129%3B283


鬼八(きはち)
 高千穂を支配していたとされる鬼。三毛入野命に退治されたが、死後荒振り、霜の害を起こした事から霜宮と呼ばれ祭られ、江戸時代まで人身御供がささげられていた。
 阿蘇にも同じ名で伝わっており鬼八は健磐龍命の家来であった。命が遠くへ矢を運ぶのが仕事だったが、百本目で足の指でつかんで投げ返した。怒った命は逃げる鬼八を殺したという。
 鬼であったとも賊であったとも伝説により違いがあるおもしろい例。


何その話という方は
妖怪用のIMEを作ってみました 
http://youkai.seesaa.net/article/2086247.html を見ていただければと。

 

 入れたことのある方は新しいファイルはこちらです http://youkai.up.seesaa.net/image/tango.zip

posted by 九十九屋さんた at 22:25| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 妖怪名IME | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月11日

妖怪名IME更新しました 今回は神野山本さんはじめの魔王メンツです

異境備忘録を扱った大佐用49号 http://yokaidoyukai.ho-zuki.com/taisayo49.htmから追加。実際何と読むかは不明な点もありますので、大佐用を書かれた氷泉さんと自分で同じだった物のみ追加しました。

異境備忘録は
『異境備忘録』(いきょうびぼうろく)とは、土佐の潮江天満宮神官・宮地水位が、12歳の頃(1862年(文久2年))より40歳近く(1895年(明治28年)前後)までの間、幽冥界の許可の下に魂を離脱(神遊び・脱魂)し、またある時は肉身のまま異界を探訪し見聞したと称する、破天荒な記録手記風の日記である。
wikiより
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%95%B0%E5%A2%83%E5%82%99%E5%BF%98%E9%8C%B2


異境備忘録の内容が気になる方は
神仙のおとしもの http://shinsendosho.web.fc2.com/ さんで公開されていますぞ



何その話という方は
妖怪用のIMEを作ってみました 
http://youkai.seesaa.net/article/2086247.html を見ていただければと。

 

 入れたことのある方は新しいファイルはこちらです http://youkai.up.seesaa.net/image/tango.zip

posted by 九十九屋さんた at 14:51| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 妖怪名IME | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする