壊河金目・・・無支祁女房 『白澤図』より
壊河金目・・無支祁女房 『白澤図』より
暁祥真は昴の生れであって、幼い時に両親に死別(わか)れたが、父の友人である風鄭和に引き取られ、その縁で役人となっていた。暁は生れつき静かな生活を喜ぶ男で、役人として働く以外は、官舎でぼうっとしているのが常の事だった。
ある年の事、旱の為に巡視に出る事となった。馬に関しては得意であったので、郊外を走るのは楽しく、気付けば部下を残し単騎(ひとり)であった。
止まれば旱続きの酷い暑さが襲ってくる。木陰でも探そうと思うと、一つの岩が見えた。岩にいくと、独りの襤褸をまとった男が座ってくる。
男は喉が渇いてる様子なので、暁は馬から降りて水筒を差しだした。
「いやあ、ありがたい。ここ千里は旱で水は値千金だ」
「それはよかった」
「君は独りいるが、鬼神や狐はこわくないのかい」
男は言った。
「男子が鬼や狐をこわがってどうする、もしくれば僕には剣がある。それも行く場所がないのなら門を開けて納れてやるさ」
「酷吏は天災に勝るというが、君のようなものもいるのだね。その礼に一つ言っておくよ。亀山で鈴があったら音が聞こえなくなるまで続けろ」
暁はうなずいた。
砂煙をたてて近づいてくる部下たちが見えた。
「もしよければ馬に乗らないか」
そう声をかえると男の姿はなく、ただ地の果てまで右足だけの足跡が続いていた。
旱は思った以上に広く、見分するのが精々で、できることは少なかった。
水が枯れていない川もあるということから向かった先でもずいぶん流れる水の量が減っていた。
その一つである淮水で騒ぎになっており、暁は立ち寄る事になった。淮水は壊河とも呼ばれ、川の流れが変わりやすかった。この旱の時ならば自らに利するために流れを変えようというものがいるとの事だった。
誰かそのような企てをしたのか川の一角に太い縄が泳いでいた。縄に鈴がついているのに暁は気付いた。
「あれをひこう」
縄を引き出した。最初は数人がかかりだったが、なかなか終わらずついには百人あまりがひき、馬や牛も使われ、最後は暁自らひき始めた。鈴の音が響き始めると小雨が降り始めた。
縄がこれ以上ひけなくなった。音も聞こえなくなり、水中に鈴が二つ。いや、金目が二つ光っていた。 人々が雨に喜ぶ中で、暁は男の言葉を思い出していた。引き続けると音は小さくなっていった。縄は切れ、何かが水中から跳ね上がり、大雨にと変わった。
暁は家に帰った。
巡視から戻ってから朝になると新鮮な魚が置かれているようになった。付け届けのくるような役でもないので、気にせずに厨房に渡し料理してもらった。美味だった。
魚は毎日届けれられた。
暁は意を決して、魚を届ける相手と会う事にした。
夜中に誰かが家の前を立っている。とびかかると簡単に投げ飛ばされる。それは強く暫く暁は立てなかった。転がっていると金色の目が覗き込んでいる。
「いつも魚をありがとう」
月明かりに慣れてくると金色の目を持つ娘が立っていた。
「行く場所がないのならうちにこないか」
立ち上がると娘の手を取って官舎に招き入れた。
娘は古風な話し方をし、今の世にも疎いようだが、天性の美しさがあった。
半年あまりして平穏な日々が続いた。
暁は難儀をしていた。家の近くで塩を積んだ車が荷崩れを起こり、出仕の間に合いそうにない。すると娘が官舎から出てくると、やすやすと荷を元に戻していた。その剛力は噂になっていた。
娘の変わった風体や、行いから、あれは亀山にいた無支祁などと噂するものがあった。
暁は噂が広がると、官を辞し、娘と姿を消してしまった。
予(作者)は南に遊んで昴州に往き、雨にへだてられて旅舎に休んでいたが、そこに風鄭功という者が大叔父から聞いた話だと語ったものである。
予が考えるに無支祁とは巫支祁ともいう。字を考えれば神を祀り神に仕える女となるから、そのようなものだったかもしれない。