2005年05月04日

ケルベロス

SS 恋は時に勝利する

「待った?」

「だってまだ5分前だよ、今きたところだよ」

「でも、犬の前で待ち合わせんなんていうからハチ公みたいなのかと思ったら

これ何?。頭三つあるし」

「ケルベロスだよ」

「え。もっとかわいいよ」

「それはまんがの話さ。地獄の番犬ってくらいだからね。これくらいでないと

睨みも効かないんじゃないの」

「そうなのかな」

「そうだよ」

「あ、でも待ち合わせに使うにはいいかも。駅に近いのに誰もいないもんね。

それでこれからどうするの?。今日は木曜だから二人で行くと映画割引だよ」

「その前に大切な話があるんだ」

「ここで?」

「いや、この前だから言いたいことがあるんだ」

「?」

「俺とつきあってくれ」

「・・・・・」

「やっぱりダメか」

「・・・違うOKだけど」

「やった!」

「どうしてこの像の前なの」

「この三つの頭は過去、現在、未来なんだ。だから昔から好きで、今も惚れて

て、これからも愛してるって事を言いたかったんだ」



〜頭は何個?〜[由来]

 ケルベロスに関しては尻尾は蛇と言うのは結構同じですが、頭の数には色々と説があって、3から50、無数とあります。ポピュラーなのは3と50でしょうか。3の方は過去と現在と未来を示し、そのケルベロスに勝ったヘラクレスの英雄的行為は時間に勝ち伝え続けられるという概念だといいます。50の方はケルベロスの死者を追うという猟犬の性格と、アルテミス女神の50匹の猟犬が結びついたものと言われます。無数は顎から無数の毒蛇の頭が生えていたという伝承を取った場合で犬の頭だけではありません。ちなみに伝承では尻尾も蛇なんですよね。

 様様な宗教で地獄には番犬がおり、北欧の神話にはガルムが、インドの神話の中でもヤマ(閻魔大王ですね)がたくさんの犬を飼っていたという記述が見えます。また、ギリシアでは暦に書かれた女神の象徴であったともいいます。





〜最後の偉業〜[余談]

 ケルベロスもまた勇者と関わりを持っています。その勇者とは神代に名高い英雄ヘラクレスです。

ヘラクレスは十二の難業を為しております。これは進んで行ったわけではなく、罪を償うためのものです。女神ヘラによりもたらされた狂気の為、家族を皆殺しにしたヘラクレスが、購いのための神託を授かります。そこでもたらされた神託は『故郷の地アルゴリスで国王にエウリュステウスに仕え、十の難業を成し遂げよ。』というものでした。これは危険なものでした。エウリュステウスは本来ヘラクレスのものであった王位を奪った男です。その下で働くのは危険な事に加え、難業もまた危険なものでした。

 結局、ヘラクレスは十どころではなく、さらに二つ加え、十二の難業をすることになるのです。そこで退治されるのは、不死のライオンや、ヒュドラといった怪物。また、ミノタウロスの親であった神によりもたらされた牛の退治など、普通の人間なら一つしただけで英雄になれるものでした。その最後を飾るのがケルベロスなのです。

 ケルベロスを地上に連れ帰る為にヘラクレスは生きながら冥界に赴きます。そこで冥王ハデスに素手でケルベロスを捕らえることができたら地上に連れて行ってもいいという条件を出されます。ヘラクレスはケルベロスを捕らえ、地上にと連れ帰ります。

 ヘラクレスの最後の難業が冥界に赴いたのは、彼が死を乗り越え、神となる資格をもった証ではないでしょうか。



 
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キマイラ

SS 観光地

 もしリュキアのパセリスに行くことがあるならば都市と同名のバセリス火山に行くのがお勧めである。

 この火山の麓には大蛇が大量に生息し、山腹を登っていったところには草原があって山羊がおり、山上には獅子が群れなして住んでいる。 

 この3つを聞いて思い浮かべるものは無いだろうか?。そうこの山はあの伝説に名高いキマイラの故郷なのだ。

 山に観光に行って危険はないかと思うかもしれないが、心配することは無い。キマイラはかの英雄べレロポンに退治されて久しいからだ。

               

アテナの学者バトバミスの手記より抜粋

付記:この書を記したバトパミスはバセリス山で死亡した。原因は定かではないが、蛇は毒蛇であるし、獅子は言うまでもない。山羊もテリトリーに入ったものを襲うから、キマイラがいなくとも無事にすまなくて当然である。





〜様々な混合〜[由来]

 キマイラの姿は様々ですが、三つの首が並列になっているもの。そして、蛇がドラゴンになっているもの。ライオンの頭と前足、雌山羊の胴体と後ろ足、尾は蛇で胴体の中央から雌山羊の頭を飛び出している。そして口からは火を吐いたといいます。随分奇怪な姿ですね。

 そんなキマイラの正体に関してはいくつかの説が伝わっています。SSのようにある場所を象徴したシンボルであった説。獅子、山羊、蛇を飾ったキマイラという海賊がいたと言う話も伝わっていますが実際は違うようです。

 なぜならヒッタイト文明の遺跡からキマイラの像が見つかっています。キマイラは神話の中では神であるテュポーンとエキドナの子供とされ、神の血をひくものとされました。このようにただの怪物のように思われる事となったのはアカイアの宗教改革によるものです。これを機にギリシア神話が広がり、キマイラはただのモンスターになってしまいました。

 英和辞典でキマイラをひきますと下記のような事が記されています。非現実[想像上]の;〈計画・考えなどが〉奇想天外[荒唐無稽(むけい)]なそう考えると英語でキマイラは日本の鬼のようにポピュラーなのかもしれません。





〜暦の形〜[余談]

 キマイラの像は一年を示すといわれています。ギリシアは日本と違って四季がないので微妙に違ってきますが、神々はその季節にあった動物で、人間の前に姿を現すといいます。その中でもディオニオス神は冬に蛇として現われ、春にライオンに変わり、真夏に山羊となって食べられるといいます。冬の蛇は地中にあり実りを内包するものの姿を見せないのを象徴します。ライオンは春であり、始まりを示します。

山羊は実りを象徴します。それは農耕を中心にすえていた時代からすらばすっきりと一年を象徴しています。

 最後にキマイラはペガサスに跨ったペレロポーンにより殺されます。口に鉛の槍を投げ込まれ、吐いた火でどろどろになった鉛で内側からやきつくされたといいます。これはある勇者に象徴される支配権の移行があったのかもしれません。
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2005年05月01日

リヴァイアサン

SS 救世主の食事』

 ニスロクはため息をついた。

 ニスロクは最高のシェフであり、魔界の王宮である万魔殿で総料理長を務めていた。

 さて今週ついに、アダムとイヴの昔から、もといそれ以前からあった天界と魔界の戦争は終わりを告げた。

 魔界は敗戦国となりニスロクは職を失う事になった。

 幸い芸は身を助けるという言葉通りあっという間に再就職できた。それはメシアの為の食事を作るということであった。

 メシアは復活したばかりの人間ということで消化のよいものと思っていた。

 ところが用意された食材は鱗のある白身の魚を思わせるものだった。異様に巨大な魚の一部らしい食材を裁きながら、ニスロクはその鱗をどこかで見た気がしていた。

 まず皮を剥いで、塩を振る。塩は当然、死海の塩だ。味のまろみとえぐみは天地の間でもこれだけの塩はそうない。

 丹念にというか、意識の切り替えは完全だった。ニスロクは誰に出すかも忘れて精力を尽くした。

 好評のうち食事会は終わりを告げた。やはり卓越した手腕は再就職にも有利なようだ。

 厨房の後片付けをしていて、ニスロクはその魚をどこで見た事を思い出した。それは客であった。万魔殿に来た彼に給仕したものであった。

「リヴァイアサン」

 そうかつて地獄の海軍大臣であった彼はまさに身を持って贖罪されたのであった。

 

〜神の創造物〜[由来]

 様々なゲームで姿を見ると蛇、またその名もとぐろをまいたものと呼ばれるそのリヴァイアサンですが、聖書中のイメージでは、むしろワニに似ています。当時、聖書を編纂したユダヤ人にとってエジプトが脅威であった事があげられます。もともとナイルにはワニが多く、それが象徴になったのではないかといわれています。

 強大な存在としてのリヴァイアサンは、ティアマットを始めとする巨竜のイメージが反映されたようです。特にその影響を与えたといわれているのが、カナン神話の死の神モトの部下でありロタンです。地上や海を荒らし、太陽や月を食い漁った非常に巨大な竜であったといいます。それがユダヤ教に吸収されたのです。

 ユダヤの民話においてリヴァイアサンは天地創造の五日目に雌雄で作られた存在と言われています。それは巨大で、雄には全ての大陸が乗せられる程だったといいます。創造した神自身がこれが雌雄で存在していてはいずれ世界が彼らのものになると判断し、雌の頭を打ち壊し、いずれ来る救世主の為に塩漬け肉にしたといいます。

 さて雄の方はといいますと、世界の支え意の一角となっているます。この世の終わりの日、その背中から大陸を押しのけ、ベヒーモスと闘った挙句、倒されてしまうといいます。そして傷ついたベヒーモスは天使に倒され、最終的には食料にされてしまうと・・・むごいですね。

 違う説によると陸の巨獣であるベヒーモスは雄として創造され、リヴァイアサンは雌として創造されたといいます。



 

〜地獄の立場〜 [余談]

 地獄においてリも名前を残しています。サタンが地獄に落とされた時、リヴァイアサンも反乱を起こしたのかもしれません。 中世悪魔学における七つの大罪の一つ嫉妬を司る大魔王となっております。位階は大公で、海軍大臣を務めています。

 獣というか、動物っぽいレヴィアタンが強力に描かれているのは、一神教の成立以前に鍵があるようです。『レヴィアタンは聖書の中におののきを知らぬものとして作られている。』などの記述が見え、神々も怖れるという記述があります。それを創造し、また殺すことができた唯一神を賛美する語句が連ねられます。レヴィアタンにそれだけの力があったのです。レヴィアタンを始め、蛇は多神教の時代、強い存在の一つでした。聖書中に登場する祭祀を司る一族であるレビ人の、レビはレヴィアタンからきているといわれます。つまりレヴィアタンは唯一神の力の一端を担うものであったのです。その記憶があったが故にレヴィアタンは強力な存在となったのでしょう。

 もっとも世の中でたった一人しかいない対を殺されれば、神に反乱して当然と思うのですがどうでしょうか。
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メリュジーヌ

SS リュジニンの奇譚

 リュジニンの街を訪れる、なおかつその城に滞在できたものは幸福である。街は人が作ったものとは思えないくらい精巧で、大きな修道院もある。その修道院の側にある白亜の城は高い尖塔を持ち、優雅に曲線を描く城壁を持ち、人が思い描く童話の城そのものだからだ。

 城を訪れ、客人として過ごすあなたは、安らかな寝台の中で、ある夜聞くかもしれない。女のものである甲高く鋭い泣き声を。

 パンシー(泣き妖精)と思うかもしれないがその声にじっと耳を傾けて欲しい。そこには何らかの警告が含まれていないだろうか?。

 そして窓を開け外を見るのだ。美しい乙女が宙に浮かぶ姿を見ることは無かっただろうか。

 もし見たのなら一言城主に伝えることだ。そして告げたのならばすぐに城から去ることだ。そう、その美しい乙女こそこの嬢主の先祖であり、この街の名前の由来ともなったメリュジーヌが子孫に警告を与えに来ている姿なのだから。

 メリュジーヌが出現して数日のうちに城主は亡くなるか、城が敵により奪われ城主が追われる証という。



 

〜リュジニンの母〜[由来]

 エメリヒ・ポワチエ伯爵とその養子ライモンダンはある日狩りをしていました。二人の前の巨大な猪が現れ襲い掛かってきました。ライモンダンは猪を殺しましたがその最中に伯爵の事も刺して殺してしまったのです。

 衝撃のあまり彷徨うライモンダンは『渇きの泉』に辿り着きました。そこには3人の乙女がいました。乙女は自分たちの誰かと結婚し、結婚後は土曜日に自由にしてくれるなら助けてあげることを約束します。ライモンダンはその一人メリュジ−ヌと結婚し、条件を飲みました。

 ライモンダンはメリュジ−ヌの巧みな弁舌により罪を問われることなく伯爵の跡取として広大な領土を治めることになります。

 ライモンダンとメリュジーヌの間には10人あまりの子供が生まれます。兄弟同士殺しあうものや、目が三つあるものなどさまざまな、狼のように毛深い子供など。しかし、中には立派な騎士となる子供もありました。そしてメリュジーヌの不思議な力によって、リュジニンの街が築かれ、幸せな日々を送ることができたのです。

 長い間の平和な生活が続きます。年をとらない美しい妻。街は富み、子供たちも平和に暮らしています。その中でライモンダンは噂を聞きます。土曜日ごとにメリュジーヌは愛人に会いに行っている、妖怪を集めているなどです。

 ライモンダンはメリュジーヌの後をつけます。そして見てしまうのです。メリュジーヌが湯浴みする姿を。上こそ美しい妻のままでしたが、下半身は巨大な蛇であるのを。メリュジーヌはライモンダンに別れを告げ姿を消します。ライモンダンは悲哀のうちに生涯を終えます。

 その後、メリュジーヌは自分の子孫たちに不幸が訪れそうになると姿を現し、

泣声をあげるようになったのです。



 

〜半人のドラゴンたち〜 [余談]

 半人のドラゴンといえば、今回のメリジューヌは始め、エキドナ、ナーガ、ラミア、ジョカといったものが思い出されます。これらを見た時、特徴を見出すことができます。それは上半身が女性であることです。

 ティアマトーでも取り上げましたが、ドラゴンはもともと大地母神の要素を持っています。そして蛇と人を組合した半人のドラゴンを生み出した原因を考えた時、髪に行き当たります。長い髪は女性のシンボルといえます。髪は身体のほかの器官と違ってなかなか土に還らずいつまでも姿をとどめ黒々としています。それは脱皮をすることで、永遠の寿命を持つといわれた蛇を連想したのかもしれません。そして蛇から連想されたこうしたものたちは女性の上半身を持つ事になったのです。そうした意味ではメドゥーサもまたその系譜にあるものなのかもしれません。
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ウロボロス

SS 無限の力  

「あなたはついにウロボロスの秘密を手に入れた」

 ニアヴの声は震えていた。目の前にはかつて愛し、そして今でも愛する男テイ・クローナがいるというのに。

 テイは穏やかな目をニアヴに向けた。

 テイはウロボロスの神秘を手にした。それは神も魔も全てをひれ伏せさせる無限の力。

 それがいかなる意味を持つのかニアヴもテイも知っていた。

 無限の力。それは人のための力ではないのだ。

 手にあまる大きな力はたやすく人から理性を奪い獣に落とす。今がその時だった。

 テイは奇妙な虹彩の輝きを見せる目をニアヴに向けた。

 終わりが近いのをニアヴは感じた。

 それが恋する二人の為の終わりなのか、生命の終わりを感じる慄きなのか分からないが。





 

〜無限へ〜[由来]

 もともとウロボロスには『尾をむさぼり食うもの』という意味のギリシア語です。

 ウロボロスの元となった蛇は、サタンの化けた蛇も含め、さまざまなイマジネーションのもととなってきました。それは蛇の不可思議な性質が人の目についたためでしょう。足がないのに歩けることや、脱皮などです。特に脱皮は古い肉体を捨て、新しい肉体をよみがえらすという驚異だと思われたのです。この通り永遠の生命というイメージをもともと蛇は持っていたのです。そして忘れてはならないのがギリシア人の持っていた円環状の世界を取り巻く水のイメージです。さらに自分の尾から始まる蛇のイメージが重なり、不死や無限。そして時間という意味を持ち始めたのです。

 そのイメージは錬金術にも受け継がれ、不死や無限は無論、前記の海のイメージからか世界を象徴するようになりました。そこから始まりから、過程、終わりまでが連想され、それらを制御するものとて『賢者の石』の象徴となっていくのです。





〜救世主〜 [余談]

 ウロボロスはキリストの象徴にもなりました。それは無限や永遠と言ったイメージによるものでしょう。しかし、それを唱えていたグノーシス主義は教会と断絶する蛇のイメージを持っていました。即ち蛇によって初めて人間は知識の実を食べ、知恵に目覚めたからです。蛇は悪魔ではなく、神エホヴァが姿を変えたものと唱えたのです。

 グノーシス主義はギリシアで始まったものですが、その根底にはオルペウス派に伝わるもう一匹の無限蛇の伝説を見ることが出来ます。それがオピオーンです。

 オピオーンは世界の始まりの卵から生まれた最初の生き物で、そこから闇と大地、愛が生まれ世界が始まってしています。オピオーンは人に知識を与えたといいます。グノーシス主義ではこのオピオ−ンこそがエホヴァと同一視された知識を与えた蛇だったのです。

 同じ蛇のイメージが救い主と、その敵対者に与えられているのはおもしろいですね。

 
posted by 九十九屋さんた at 09:29| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

虹蛇

SS 二つの世界にて 

「私は蛇なのだよ」

 その魔法使いのいう事がわたしにはわかりませんでした。第一魔法はあってはならないと教会で教わりました。だからその人も悪い人だと思えたんです。

 魔法使いは笑いました。

「それは目覚めの世界の話だよ」

 わたしにはまるでわかりませんでした。

 その日わたしは夢を見ました。その夢の中でとても巨大な虹を見たのです。虹は大きな身体なのに小さなわたしに気付いてじっと見ています。その目を見てわたしは思い出しました。昼間の魔法使いの顔を。

「魔法使い」

「そうだよ。君も来たのだねこちらに」

 その声はとても嬉しそうでした。

「どうしてこんな小さなわたしに気付いたのですが?」

「ここは夢見る世界。君もまた違う姿をしている」

 そう思って自分の姿を見るとわたしも大きな一匹の虹蛇でした。



〜眠る世界で〜[由来]

 アボリジニの伝説によるとまず広い海だけの夢の世界があったのです。そこで創造神であったマウウは最初に虹蛇でありもっとも古い精霊となるウングドを作り出しました。ウングドはマウウに協力してブーメランを何度も投げました。海面にあたったところからたくさんの泡がたち、その泡が固まって陸地になりました。ウングドは陸地にあがると多くの卵を産みました。それが孵って虹蛇を含め、多くの精霊たちが生まれました。その精霊たちが多くの動物を生み世界は賑やかになっていったのです。

 ウングドはその後、大地を支えるために海底で大きなとぐろをまいています。彼女が時折身体を延ばす時に見えるのが虹だといいます。



〜虹蛇たち〜 [余談]

 残念な事ですが、アボリジニの人々の伝説はあまり残っていません。キリスト教が進入した時に、明快な論理を持っていなかったせいか廃れてしまったのです。虹蛇はその中では割合多くの話が採取している方です。

 虹蛇はアボリジニが各部族で崇拝する蛇の精霊です。虹蛇と言っても色合いはさまざまで各部族ごとに色が違うそうです。彼らは普段は泉の奥底に住み、水や雨を降らし、大地に生気を与えるのです。雨が大量に降る雨季に虹蛇を見るのは乾季に備えて水を集める虹蛇の姿です。

 部族ごとに虹蛇がいるせいで、さまざまな伝承があります。その中であなたがもっとも近づけるのがワムナビという虹蛇です。彼はエアーズロックの地下にいます。彼は目覚めの世界を嫌っていてこの世界に来ることはありませんでした。でもエアーズロックに行けばそこでどうしてアボリジニが感じた虹蛇の感覚を知ることができるでしょう。 

 アボリジニによると世界は「目覚めの世界」と「夢の世界」に分かれており、全てのものはお互いがお互いを夢だと思っているのです。同じ姿の時もありますが、夢の世界では違うものの時も多いといいます。だから、虹になった夢を見たあなたはドリームランドでは虹蛇なのかもしれません。
posted by 九十九屋さんた at 09:28| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

SS 昇竜 

 黄帝は天下を見ていた。

 天に選ばれた天子としてこの大地を治めてきた。

 文を作り人々の間に残すことを教え、暦を作り時を教えた。

 蚩尤を倒し、数多の妖怪への対処法も人々に示した。

 天下は平定された。

 あの日見た華胥之夢のような世界を作ることができたのかは分からない。

 黄帝は満ち足りていた。

 その時、黄帝は天に光るものを見た。

 それは竜であった。

 竜は黄帝の事を見ていた。その目に潜む英知は渺海の辺であった白澤を思い出させた。

 竜は黄帝に背中に乗るように頭を垂れた。

「天に登れというのか?」

 竜は頷いた。

 黄帝はうなずき、人道から天道へと向かった。



 

〜九似説〜[由来]

 みなさんが竜を想像するときの形は主に漢代にあらわれたこの説によっています。これは 頭はラクダに、角は鹿に、目は兎に、首は蛇に、腹は蜃(竜の一種)、鱗は魚、爪は鷹、掌は虎に、耳は馬に似ているといわれました。それ以前は、馬の顔に蛇の身体や、人頭、蛇身でした。

 今回蜃について調べたんですが、むしろ蜃のイメージが全体適に竜の姿に吸収されたようです。

 蜃の姿は鹿のように分かれた角があり、長い首から背筋に沿って鬣がはえています。全身は鱗に覆われ、四本の手足があります。

 どこか全体的なイメージが竜に似ていると思えるのですがどうでしょうか?。



 

〜神か魔物か〜 [余談]

 竜はもともと吉兆とされるいきものでした。その歴史は古く殷(商)でも竜が尊ばれた記録があります。

 それは何度か触れましたが古代中國では竜をト−テムとする一族がおり、それが夏でした。夏は滅び、殷となりました。殷は多くのものを夏から吸収しました。その一つが竜トーテムだったのです。そしてトーテムの発想は消え去り最終的には王は竜の血をひいているという思想だけが残ったのです。だから皇帝の顔を竜顔と呼んだりするわけですね。漢の高祖劉邦は竜と母が交わって生まれたとされていますが、彼は竜顔の持ち主とされ、高い鼻が特徴だったといいますから、それが特徴かも知れません。ちなみに蚩尤も元々は竜の姿でしたが、竜が高貴という流れになる中で、その姿を変えました

 尊ばれていた竜ですが、時代が進むに連れ、その威光にも陰りが出てきます。

占い師と雨の量を賭け、天帝の命に逆らい罰として斬首されたり(西遊記)、すっかりおもちゃ扱いされて殺されたり(封神演義)、人間に化けて浮気したり(捜神記)します。

 これは茶化されるくらい竜が一般に流布したのでしょう。

 さらに日本では海や湖沼、水のあるところには天帝に命じられて竜王がいるという伝承と、日本の信仰であるヌシの要素が混じって、日本では竜神と呼ばれる存在になったのです。インドでは神の側にあったものが日本では身近な守り神になったと言えます。妖怪は神々が零落したものと言いあまりいいイメージはありませんが、こうした零落ならありがたいと思うのは竜神様に失礼でしょうか?





  
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ナーガ

SS 地下世界の王

 闇の中を手探りで進んでいるのが苦痛に思えなくなってきた。

 全ての願いを適える宝を求め、鍾乳洞に入った俺たちを襲ったのは多くのモンスターではなく自分たちの心だった。

 裏切りや、遭難、さまざまな事により一人一人引き離され、道に迷い孤独になっていった。

 たまたま手に触れた小魚や生き物、虫、飢え死にしないために何でも食べた。

 その魚の味が変に金属の感じがした。最初は錯覚だと思った。時折、金属の感じがする魚がいる。

 俺は金属の強い感じのする魚を求めて移動していった。

 不意に目に激痛が走った。それは光だった。ずっと物を食べていなかった人間にごちそうを与えると吐くように、目が光に慣れるのには時間がかかった。

 光になれた俺の前に現れたのは洞窟いっぱいに広がる砂金の湖だった。

 俺は砂金を抱きしめて笑った。そして一頻り笑った後、絶望を感じた。地上に出られなければ黄金など意味は無い。ここでは魚も金物臭く生きるのも難しいだろう。

「こんなものより俺は表に出たい」

 不意に黄金の光が陰り、霧が出始めた。

 そこには美しい女が立っていた。しかし足元にいくに従って鱗が混じり足に

至るまでは蛇のように変わっている。

 ナーガ。半人半蛇の亜人種。強大な魔力を持つ種族だ。

 ここがナーガのものなら生きてはいられまい。

 ナーガは近づき冷たい手が俺のひげまみれになった頬に掛かる。ナーガは

笑い、それきり何もせずに背を向けて離れていった。

「どうして何もしないんだ」

 ナーガは振り返り、俺を見つめた。美しいがあどけない表情がそこに見える。

「理解したものには十分だ」

 霧が俺を包み始めた。そして俺は意識を失った。

 目を開けるとそこは洞窟の入り口だった。周りにはパーティの仲間たちが

倒れている。

 しかし誰もが洞窟に入る前のように見える。

 全てはナーガの幻だったのかもしれない。俺は立ち上がり、歩き始めた。俺にとっての黄金に勝る日の光を浴びながら。



 

〜地下世界の王〜[由来]

 ナーガは鎌首を持ち上げ、今まさに襲おうとするコブラがモデルになっています。その姿で描かれる事もあるのですが、頭や上半身が人間で、下半身が蛇というものの方が一般的です。その姿はメリュジューヌやジョカなど世界中で見られる姿であり、そうした姿をしたものをト−テムにしていた一族が多いのを示しているのかもしれません。

 伝説としてはナーガはカシュヤパ聖仙と妻ガドルーの間に生まれたといいます。聖仙は自分の子供たちに地下の一番深く生命のいない世界である

パーターラに住む事を命じました。ナーガは地下の世界の王となりました。

そして地下のその世界はナーガーローカ、ナーガのいる世界と呼ばれるようになったのです。

その手にもったマニ宝珠は日本語では如意宝珠と呼ばれ全ての願いをかなえるといいます。

 如意宝珠と聞いておやっと思った方もいると思います。いわゆる竜王と呼ばれる存在が持つ珠もまた如意宝珠だからです。ナーガは中国に伝わる時、竜の字があてられた為、中国の民間伝承や、仏教の教義が入り混じり、竜王にもナーガの特徴の一つが残っているのです。こうして中国という新しい世界の中でナーガの権威は無くなり、竜王として孫悟空やらナタクに退治されてしまうものになってしまうのです。



 

〜一夫多妻〜 [余談]

竜と不死鳥の争いは古今東西さまざまな場所で見られますが、ナーガとガルダの争いもそれに含まれます。しかし他の神話が大まか印象を持つのに比べインド神話でははっきりしています。

 ナーガの父であるカシュヤパ聖仙はアスラを始め多くの生き物をさまざまな妻と共に生み出しました。その子供の中にはナーガの仇敵であるガルダも含まれているのです。

 ガドルーと、ガルダの母であるヴィナターは、太陽の尾をひく、鷲の尾の色について賭けをし、負けた方が奴隷になる約束をします。結果は黒でガドリーの勝ちでした。しかし本当はヴィナターの賭けていた白であり、黒く見えたのはナーガが巻きついていたからです。

 奴隷となったヴィナターを助けようとするガルダたちに、ガドルーは天界に行きアムリタを奪ってくるように命じます。ガルダはその命を果たし、アムリタを奪います。それを渡し母を解放するのです。

 奪ってきたアムリタを飲もうとするナーガに向かいガルダは沐浴するようにいい、その間にアムリタを飲んでしまいます。それがナーガとガルーダの争いの始まりといわれていますが、妻同士の嫉妬という理由こそつけられているものの、すさまじいものですね。
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2005年04月30日

ティアマトー

SS 太母神の系譜  

 敵の軍勢は強大だ。ティアマトーに生み出された多くの怪物たちは、我々神々に比肩する力を持つものもいるだろう。我々の祖もまた彼女なのだからそれも当然なのかもしれない。

 彼女は世界でもっとも古い女神だ。

 速やかに勝負をつけねばならない。俺はティアマトーの毒にも耐えれるが他のものは耐えられない。速やかに終わらせねば死ぬのはわれわれだ。

 俺は軍勢を率いることなく単騎でティアマトー軍の前に立った。

 大軍勢の前にただ一人立った俺に声がかかる。空を覆わんばかりの巨大な顔と圧力に体が崩れそうになる。

 いや、それは錯覚だ。

「エアの子倅がなんのつもりだえ」

 ティアマトーの声を聞きながら俺は叫んだ。

「お前のわがままのせいで神々は互いに争っているのだ。はずかしいとは思わんのか?。俺は一人だ。それにこんな軍勢とは大した勇気だな。もし来れるのならかかってこい。もっともお前にその勇気があればな」





〜塩辛い水〜[由来]

 バビロニアの神話では世界が渾沌としていた時、淡水の神アプスーと、塩水の神ティアマトー、霧の小人ムンムのみが存在していたといいます。

 アプスーとティアマトーの交わりから多くの神々が生まれました。神々は活動的でアプスーとティアマトーをからかいました。アプスーは耐え切れなくなり神々を殺そうとしましたが、ティアマトーは自らの子ということもあり殺すのを止めます。結局アプスーは耐え切れずに殺そうとしますが、逆に主神エアに殺されて大地となってしまったのです。それでもティアマトーは耐えました。

 やがてエアにマルドゥークという子供が生まれます。彼は今までの神に輪をかけた

乱暴もので、他の神々の嘆きを聞いたティアマトーはマルドゥークを殺そうとします。

 しかし、それはマルドゥークの、広い意味では新しい主神であるエアの策謀だったのです。

 マルドゥークはティアマトを挑発し、ついには彼女をおびき出し殺してしまいます。

そしてそのままに彼女は世界の材料にされてしまうのです。



 

〜中国と北欧〜 [余談]

 ティアマトーは殺され天になりました。こうした巨大なものを殺し、世界にするというパターンはバビロニアだけでなく北欧神話や、中國の盤古神話でも見る事ができます。これはもともと彼女が自然神だった事を示しています。

 そして怪物を生み出す性質。それは豊穣の証であり、母神であった頃の性質を留めています。こうした怪物を生み出すという話を聞いて思い出した方はいらっしゃるかもしれません。それはギリシア世界で多くの怪物を生み出したエキドナです。彼女もまた零落した母神ですから、もともとは神格だったのかもしれません。

 では、零落していない母神はあるのかというと、それが中國の女?

(じょか:女に渦のさんずいぬきです)です。ジョカは夫である兄弟でもある伏羲と共に世界を作り出し、後に治世者として三皇の一人に数えられました。もともと苗族が自分の祖を竜としていたのが漢民族に吸収され竜を祖霊とする事になったのです。その思想は最後の王朝である清にまで残り、竜は皇帝の象徴という名誉を長い間持ちつづけたのです。ちなみにそのような半人半蛇の神竜の絵は古墳にも残っております。
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タラスクス

SS 聖女の奇跡  

 ローヌ河の川辺から見える渦は全てを吸い込むように思えます。それが地獄の門のように思えるのはわたしの気のせいではないでしょう。

 渦の周りに引き寄せらているタラスクスの食べ残しであるは人間の四肢や胴などが見えます。

 わたしは祈りました。彼らができるだけいい状態で天国、最悪煉獄にはいけるようにと。復活の時に欠けるのは大変と思うけど、それは最初にして最後の主にお任せしましょう。

 わたしができるのはここでタラスクスを止めることだけすから。

 人が言うようにタラスクスは邪悪な生き物なのでしょうか?。神は7日で世界を作られたといいます。それならタラスクスもまた我々と同じ神の子なのではないでしょうか。

 そう思っていると渦の中から煙のようなものが上がり始めました。

 苦しくなっていく息を感じながらわたしは出てくるタラスクスを見ました。

 それはワニに似ていました。しかし、その足は六本で爪とも刺ともつかないものがはえています。

 それは足を突き出しました。自分の足元が一気に崩れます。

 わたしなど受けたらすぐに御許に召される事になるでしょう。やはりこれは悪なのだ。

 そう思ったわたしはタラスクスに向かい聖水を振り掛けました。邪悪なものならそれで傷つくはずです。しかしタラスクスは動きが静まっています。

 わたしはじっとタラスクスを見ました。タラスクスは傷をおっています。わたしは十字架を差し出しました。神の奇跡を願うと、タラスクスの傷がいえていきます。この傷がこのドラゴンを狂乱させていたのでしょう。

「もうだいじょうぶ」

 タラスクスに向かいわたしは帯をかけました。こうしているところを見ればきっと人も安心してくれるでしょう。

 

〜リヴァイアサンの子供〜[由来]

 タラスクスはリヴァイアサンとロバのあいのこと言われる魔物です。顎にはワニのような牙が生え、甲羅のような鱗は全身を包んでいます。6本ある小さな足には鋭い爪があるといいます。吐き出す空気には毒があり、その糞は燃え上がったといいます。

 伝説によると聖女マルタによりかけられた帯は鉄のように硬くなり、タラスクスの動きを奪いました。そして地元の人々から石を投げられ殺されてしまったそうです。

 その程度の防御力なら遠くから弓の一斉射撃とかで片付けられたのではない

かと思いませんか?。実はそれには理由があるのです。





〜イギリスと北欧〜 [余談]

 キリスト教の中ではドラゴンは悪の象徴と言われています。そのため聖ジョージ、聖マルガレータ、聖ダニエルなどがドラゴン退治をしています。その中でももっとも恐ろしいものとれるのは黙示録のドラゴンでしょうか。

 ドラゴンが悪役となったのはキリスト教のもととなったユダヤ教に関係しています。ユダヤ人はオリエントの民でした。その当時、彼らが信仰した神マルドゥークやバールが、戦ったのがいずれもドラゴンでした。そこで分かりやすい悪の例えとして、ドラゴンが上げられたのです。

 聖者がドラゴンを退治するのが、キリスト教が布教活動する中で力を示すために使われました。その中で遠距離から弓で殺してはだめだったわけですね。あくまでもそれを退治するのは神の助力があったからこそなのですから、正々堂々と渡り合う必要があったのです。
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ファーブニル 

SS 宝を守りしもの  

 地面が揺れ動く音を聞きながら、シークフリートは剣の柄を握る手を緩めた。

戦いは緊張の連続だ。だが、余計な力が入っていれば、剣が思うような力を発揮できないのをジークフリートは知っていた。

 音が近づいてくる。

 ドラゴンがただ一日ただ一度、泉に水を飲みに来るという。それが奥深い巣穴の中に隠れるドラゴンが姿を現す時だった。

 ジークフリートは飛び出した。鋭い剣が突き出され、ドラゴンの心臓を抉る。

 ジークフリートは笑った。確実に仕留めた。そう思える一撃だった。それも一瞬の事、鋭い一撃を受けながらドラゴンは暴れた。

 ジークフリートはドラゴンから離れた。

 溢れる毒の息、そして岩を砕く巨大な尾。嵐のようなその様。

 ジークフリートは攻撃をすることはせずに待っていた。それは怯えての事ではない。ジークフリートほどの勇者ならばそれを交わし踏み越え、さらに攻撃をすることもできた。

 だが、彼は自分の剣が致命傷である事を信じていた。

 ドラゴンの動きが鋭さを失い、徐徐に緩慢になっていく。ただ、その目はジークフリートから外れる事無く睨みつけている。いや、その瞳に映るのはジークフリートではない。

「早くやってしまえジークフリート」

「師匠」

 ジークフリートの後ろには一人の老ドワーフがつきしたがっていた。

 ドラゴンは笑った。その口からはっきりとした人の声が漏れる。

「若者よ、この財宝にはロキやオーディーンの黄昏た神々の呪いが込められている。手に入れたら背中に気をつけることだ」

 ドラゴンはそのまま倒れ動かなくなった。

 それがドワーフとして生まれ、莫大な宝を手に入れた事からドラゴンとなり

宝を守ったファーブニルの最後だった。





 

〜ニーベルングの指輪〜[由来]

 ファーブニルはもともとは魔法を使う小人(ドワーフ)だったのです。彼は父と弟と共に莫大な財宝を洞窟で見つけました。しかしその黄金は手に入れたものを呪う力が込められていたのです。ファーブニルは呪いかそれとも黄金の光に魅せられたのか、父親を殺し、弟を追い出し、財宝を自らのものとします。しかし小人である自分では強い騎士がくればたちまち黄金を奪われてしまうと思ったファーブニルは魔法でドラゴンになり、宝を守ることになったのです。

 弟はそれを奪い返すために自分の弟子となったジークフリートを利用し、ファーブニルを殺させます。そしてジークフリートの隙を見て殺し、宝を奪おうとします。しかし、ファーブニルの心臓を食べ、鳥の言葉の分かるようになったシークフリートにより殺されてしまうのです。

 このように黄金の呪いはすさまじいもので、後にジークフリートも呪いにより滅ぼされます。それら一連の物語が有名な歌劇『ニーベルングの指輪』なのです。



 

〜イギリスと北欧〜 [余談]

 ドラゴンは宝を守っているもので、勇者に倒される。この黄金パターンに立っているのがファーブニルとジークフリートの話です。これは後にキリスト教系の説話にも利用され、『不死身のジークフリート』の話にもなりました。

 さて宝を守っている竜を倒し、宝を手に入れる。このパターンは世界中の神話に見る事ができます。

 ギリシア神話では『アルゴー探検船の冒険』に出てくる竜は、樫の樹に下げられた黄金羊の毛皮を眠る事無く見張っています。『ヘラクレスの冒険』では黄金のリンゴを守るラドンが出てきます。そして忘れてはいけないのがペルセウスに退治されたドラゴンです。アンドロメダ女王を救い出すために殺されたかの竜は、民俗学のパターンとして知られ、日本では八岐の大蛇などが上げられます。

 ドラゴンは富の象徴であると言うのは共通のようです。
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2004年05月01日

白澤

SS 白澤

 中国という国が歴史ではなく、神話であった時代、黄帝という帝王がいた。

 彼は天に選ばれた帝王であり、あまねく世界を支配し、やがて竜にまたがり昇天したという。

 その黄帝が東方に視察に出たのは最大の敵対者であった蚩尤を倒した年の事だった。

 いくつもの山河を越え、黄帝主従は桓山に達していた。山野の広がる山間に来たときの事だった。

 従者の一人が声を上げた。黄帝が従者の目の先を追うとそこには童が立っていた。夷の子であるのか童は衣類らしいものを身に付けていない。黄帝が警告の声をかける前に、仁愛に優れた従者は童に近づいていく。

 童は従者に手を伸ばした。助けを求めると思われたのか従者は手をとった。思いがけぬ強い力で引かれ従者の顔が強張った。何か笑いているとも泣いているともつかない顔をすると従者は倒れた。

「妖だ」

 山間に剣戟の音が響き渡った。

                      ◇



 黄帝は東に広がる渺海を見ながら苦悩を竜顔に湛えていた。先の山で見た妖の事である。

 天に選ばれ、守られる天子である黄帝を、いかなる妖とて害する事はできない。しかし従者のよう民草はどうか。 

 山の中に子供がいて助けを求めて来た時救うのは人というものであり、黄帝自身も人々にそれを見せてきたつもりだ。しかし、それを知っているかのような妖の危害。

「朕は無力だ」

「帝王よ」

 声が聞こえた。

 声の方に目をやるとそこには光があった。黄帝の目が慣れるに従い光は一匹の神獣の姿をとっていた。

「吾は白澤。帝王の悲哀は天の悲哀。天の下にあるものとして、助力しよう」

「桓山での事。従者が童の姿をした妖に命を奪われました」

「それは渓嚢(けいのう)。人の手を引き命を奪う。もし生きたければ手を引き返せばよい」

 黄帝は平伏した。

「民草は妖の害に悩んでおります。それを除く術を知っておられるのならば教えていただきたい」

 白澤は頷いた。





〜白澤図〜[由来]

 この時の白澤の教えを図と共に記したのが『白澤図』なのです。内容は太古から生き続けるものや、魂が変化したものなどの一万一千五百二十種に妖怪が描かれております。

 『白澤図』は長い間伝わっており、三国時代蜀の軍師孔明の甥の諸葛恪が教えに従い妖を下した話が残っています。

 鳥山石燕の残した『百鬼夜行図』には日本のものの多い中、最後に白澤の図が描かれています。鳥山石燕は和製白澤図を残したかったのかもしれません。

 さて、そんな白澤の姿ですが、鳥山石燕のものは一対の角をいただき、下顎に山羊髭を蓄え、額にも瞳を持つ三ツ目、更には左右の胴体に三つずつ目を描き入れており、併せて九つ目として描かれています。四つ足で角が三対生え、顔に三つ、胴体に六つと、合計九つの目を持ちます。 和漢三才図会では獅子っぽいです。獅子は獅子吼という言葉もあり、また獅子舞も邪を除くためのものですから、そこに理由があるかもしれません。





〜意匠〜[余談]

 皆さんご存知徳川家康を祭ってある日光東照宮の拝殿内には、狩野探幽の作とされる二枚の霊獣画があります。その絵は拝殿の正面に向かって左右の杉戸に描かれており、右は麒麟、左は白澤となっています。また、漢方薬の守護神とされており、安政年間のコレラ大発生の時には辟邪の護符として尊ばれました。とはいうものの後年その性質は中国の民間では薄れてきたらしく西遊記の中にただの退治されるもの扱いされています。ただし、西遊記の中に出てくる妖怪の数々はかつては天界を騒がせた孫悟空に対抗できる程の霊獣が化けたものなので一概にはいえませんが。とはいうものの、中国でもその効力に変化は無かったようで、清朝では衣服の意匠となっており、また現在でも警備会社の名前になっています。日本にも東照宮だけでなく、各地の博物館にあるので、見る機会があったら思い出してみてください。





 ちなみにこの分類が白澤図なのもそういうわけなのです。
posted by 九十九屋さんた at 06:20| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2000年09月05日

魔神・怪物・妖精の新世界

ストネイジ絵・文章九十九屋さんたの本 『魔神・怪物・妖精の新世界』発売中です。



内容は各地の神話や、ゲーム、創作の中から選んださまざまな存在について、ストネイジくんのイラストに、自分が解説をつけました。



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posted by 九十九屋さんた at 21:52| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする