2005年05月04日

グール

SS 生の果て

 それと私が出会ったのは14歳の時の事だ。

 スラムで寝泊りしていた私はある夜、奇妙な音を聞いた。眼を開けてみると壁を通り抜けて人間の腕が現れているのだ。

 それはやがて壁から抜け、全身を現した。

 闇の中ではっきりと姿は見えない。ただ大きさが人間よりも大きかった。鈎のようになった爪の指先がはっきりと見えた。

 それから、その姿を見ることは多くなった。見つけるたびに私は後をつけるようになっていた。

 それが何なのか?、どこから来るのか?。どんな意味があるのか?

 続けていくうちに彼らが主に地下から現れ、壁や、塀といったものを無視して移動する事に気付いた。

 何年かが過ぎた。

 私は今地下にいる。彼らの正体を探るうちに地下から出れなくなっていた。

 彼らは私を仲間と認め、食料を与え、生きるための知識を与えた。

 ある日、私は地上に出た。その水面に映る姿を見たとき、私は慟哭した。

 気付けば私はそれ、グールと同じ物になっていたのだ。



〜食屍鬼〜[由来]

 もともとグールはヘブライ語でRIRISU(災厄・恐慌)や、カルデア語でGIGIMU

(砂漠に住む悪魔)という意味だったといわれています。

 外見としては人形、毛深く黒い姿で、男は異形、女は美形です。

 グールの正体はジン(精霊)そのものという説と、墓場の中にいる死体にジンがとりついて動き出したものという説、人食い人種そのものをさすという幾つかの説があります。ヨーロッパにいく過程で何か誤解され、吸血鬼の一種のように思われました。

 『アラビアンナイト』を読むと主に出てくるのは人食い人種ですね。ここでも正体は分かりませんが『死ぬ』という文があることから種族を指しているようです。

 そしてクトルフ神話では種族としてのグールが描かれています。彼らはドリームランドに住み、実体と夢の最中の肉体を持ち、密室に不意に出現し、死体を食べ漁ります。またグ−ルと一緒に過ごしていると人間は少しづつグールに近づき最終的には一員になってしまうといいます。

 死体にとりついた話してして有名なのは『屍鬼二十五話』です。これはアラビアではなく、インドの話です。これに関しては下の余談で。

 

 

〜屍鬼二十五話〜 [余談]

 ヴェタラ・パンチャヴィサンティ、直訳すれば『ある鬼神の二十五の物語』と呼ばれる物語があります。その最初に王はある行者に頼まれ、深夜墓場の樹にかけられた死体を持ちかえります。王は死体を背負い運ぼうとすると、死体が話し出します。怯えない王の豪胆さに、死体についた屍鬼は王に忠告を発します。行者が王の命を狙っていると。そしてどうなるかは読んでいただきいと思います。東洋文庫で出ているので意外と学校の図書館にあったりするので。

 その中で屍鬼が王に向かいいくつもの話を聞かせるのがこの『屍鬼二十五話』

なのです。実はこのお話の成り立ちが面白いのです。これはもともと「カタ−・カリット・サーガラ(物語の川が流れる大海)」という話の一部なのですが、この本は『ブリハット・カター』という話の要約なのです。そして『ブリハット・カター』は破壊神であるシヴァが后であるパールヴァティーに語り聞かせた禁断の物語を、鬼霊の言葉であり、今では失われたバイシャーチー語で記したものと言われます。そうこの物語が神自身が語った物語の要約なのです。

 語源の一つであるRIRISUは恐らくリリスでしょう。リリスといえば、イヴの前に作られたアダムの伴侶であり、吸血をする悪魔ですよね。そういうことから混合されていったのでしょう。

 グールというか屍鬼が出る物語といえば、小野不由美の『屍鬼』でしょう。
posted by 九十九屋さんた at 09:49| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゾンビ

SS 樽の中

 その樽は何かって。言ってもいいけど、酔いがさめてもしらないぞ。そこには親父が入ってるんだよ。

 怯えるなよ別に死体が入ってるわけじゃない。耳澄まして見ろよ。ほら、聞こえるだろ。動いている音が。

 なに、たいしたことじゃないんだ。親父が何も決める前にさっさと死んじまったんだ。

 形見分けがうまくいかなかったんで、親戚の誰かが、ブードーの呪術師に頼んで、ゾンビにして起こしたのさ。そしたらその呪術師、もぐりだったらしくてな。いう事聞かないんだよ。もうどうしようもないからその樽に閉じ込めてるってわけだ。

 かついでるわけじゃないぞ。もっと耳澄ましてみろよ。うめいているみたいな声聞こえるだろう?



〜堕落した教え〜 [由来]

 ゾンビの由来を話す前にブードー教について説明しておきましょう。ブードー教はタヒチに奴隷として連れられてきた黒人が、故郷アフリカのロア(精霊)崇拝を持ちこんだものが変化したものです。ロアの中でも低級なものをズンビーと呼びました。それがゾンビの語源となりました。では、そんな精霊崇拝が変化してしまった理由はなぜでしょう。

 ロア崇拝と、主人となった人間の信仰するキリスト教と向かいあうことになりました。そのままロアは悪魔として認知されました。その雰囲気を利用したのがもともとアフリカで呪術師だったものたちです。彼らはキリスト教への改宗を防ぐために、自分たちに悪魔(ロア=ズンビー)を操る力があるのを広言しました。その力の現れが、動く死体、つまりはゾンビだったのです。

 そして現在でもゾンビはいます。ゾンビは死体ではなくゾンビパウダーと呼ばれる

テトラトキシン(フグ毒)を含んだ薬を与えられ、仮死状態にした人間に催眠をかけて、意思を奪って奴隷にします。しかしそれは結社の掟を破ったものに対する罰なので一般人はゾンビにされることはないようです。



〜動く死体〜 [余談]

 ゲームに出てくる動く死体であるゾンビのイメージを決めたのはジョージ・ロメロ監督の『ナイト・オブ・ザ・リビングデット』でしょう。これに登場してくるゾンビはある種の細菌に感染して、それにより死体でありながら動き回るのです。脳の腐敗が止まるまで、ゾンビは動きを止める事無く人間を襲いながら感染者を増やしていきます。

 これは現在、バイオハザードなどのゲームに出てくるゾンビそのままと言えます。ちなみに映画の『バタリオン』はこの『ナイト・オブ・ザ・リビングデット』が本当だったという前提で作られているので、セットで見るのがお勧めです。ザコのゾンビが怖くなります。

 ゾンビが出た有名な作品は今回余談そのものが紹介の用になってますね。もし、まだ読まれてない方がいらっしゃるなら『猿の手』がお勧めです。



 今度見たいと思っているのが怪光線http://haruka.saiin.net/~megalobabylonia/

さんがコミティアに出すアンデット本。

 誰か買ってきて感想お知らせくださいまし。
posted by 九十九屋さんた at 09:48| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

餓鬼

SS 六道の回り逝く先

 どうしてこんな事になったのか?

 俺は時折蘇る意識の中で周りを見た。

 腹が膨れ上がり、体中が乾いたようになってやせ細った人間が歩いている。醜悪なその姿。だが、俺自身の姿もそうなっているのだろう。

 俺は死んだのだ。では、ここは地獄なのだろうか?

 分からない?。分かっているのは俺は空腹なだけだ。

 生きていた時の自分を思う。

 他人を妬み、他人を謗った結果がこれなのか?

 人なら誰でもそうする行為なのではないのか?。上を目指すためにたまった

膿みを吐き出すようにする事、それは罪というのか?。

 意識が途切れ、はじめる。そして俺もまたその流れの中に戻っていくのだ。

 俺は何をしたのだろう。その思考もまた飢えの海に消えていく。



〜六道の回り逝く先〜 [由来]

 餓鬼がいる餓鬼道は現世で欲の深かった者が死後に行くといわれる所です。ここに落ちた亡者は飲食できず、つねに飢えとかわきに苦しむといいます。

 六道の中では、天、人、修羅の3つを善三道、地獄、餓鬼、畜生を悪三道といいます。

 仏教では六道から抜けることが本来の目的なので、その視点から見たら今生きている人道もまた迷いの中なのでしょうが。

 餓鬼道がどこにあるかというと500由旬(1由旬は14.4Kmまたは7Kmと言われる)地下にあるといいます。ちなみにそこには夜叉や羅刹も住んでいるといいます。別の話では地下世界にはナーガが住んでいるともいうので、地下は何層にも渡って別の世界があるのかもしれません。





〜餓鬼のいろいろ〜 [余談]

 餓鬼にはいろいろな種類があります。上記の短文にあるような極端に膨れ上がった腹と、枯れ枝のような手足と首、黒ずんだ皮膚という姿は基本ですが、その種類はいろいろです。それをいくつか紹介することにしましょう。

[1]希望(けもう)

人が一生懸命働いて得たものを横取りしたものがなります。人が墓に備える供物だけを食べて生きています。

[2]食気(じきけ)

家族を餓えさせておいて、自分だけおいしいものを食べていたものがなります。水域に面した森の祠の供物の臭いだけで生きていかなくてはなりません。

[3]食法(じきほう)

破戒僧の慣れの果てです。表立ってすばらしいことをいっていても裏で様様な悪行にふけっていたものがなります。色は黒く涙を流しつづけます。人通りの無い場所にいて、近くの寺で真の説法がされたときのみ餓えが薄れます。

 餓鬼は実体があるようなないような微妙な存在です。もし人間についたら際限なく食べ物を食べようとして人間をおかしくしたり、様様な欲望(際限の無い)を果たそうとします。待っているのは破滅です。

 しかし、その要素をもっていない人に餓鬼はつけませんから皆さんはだいじょうぶですよね。自分結構、思い当たる節があるんですが(笑)

 餓鬼を主題にした作品ですと夢枕獏の『餓鬼魂』がお勧めです。
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ゴ−スト

SS 遺志の発言

 ロディ・ファーランドは愛用の大剣を小脇に起き待っていた。幽霊が出るのを。

 巨大な広間の中にいるのはロディのみ。暖炉の火が煌煌とロディの顔を赤く染めている。

 ロディの待っているのは数日前に急死したクルジム・オムニ伯であった。彼は生者ではない。彼は数日前に死んだ。しかし、昨日も一昨日もこの場所で目撃されたという。

 神官のアル・ナスラインによれば、亡者の意思は弱くとも数日、強ければ

数十、数百年のレベルで存在するという。

 あの父祖の闇に引きずり込まれそうになる彼の魂を救い、浄化することがで

きればハイレム・オムニ、かの吸血鬼の力を弱めることができるだずだった。

 暖炉の火が震えた。

 室温が不意に下がり始めているのが分かる。

 火が消え、部屋は外からの白い月明かりのみが室内を照らしている。

 その中でより深い青が見えた。

 それは少しづつ動き人の姿をとり始める。

「オムニ伯」

 声に答えるようにオムニ伯はロディを見た。

 ロディは大剣を構えた。

 既に会話の必要はなかった。

 そこに立つオムニ伯爵には既に敵意しかないことを。





〜ゴースト〜[由来]

 語源はドイツ語のGEISTから来ました。これはいわば祖霊と言われるもので、この言葉から英語でいうゲストも生まれたといいます。現在では「目に見えないもの」「かげにかくれたもの」などの意を表すようになっていてテレビ放送で入るノイズや、印刷物で三原色がずれていたりするのをゴーストというわけです。

 狭義の幽霊は『ゴーストバスターズ』のロゴに書かれているような白いシーツをかぶった幽霊を指します。

 こうしたゴーストには寿命があるようで、そういった現象が起こるのはだいたい400年くらいと言われています。この説を考えて見ると日本でも天神さまが祟った期間もそう長くなかったので納得できますね。もっとも祟る人間が全て消えたからという話もありますが。よく『七代先まで祟る』というのは七代まで生き残らせはしないという事ですからね。

 ゴーストにはいくつかの出現理由があります。第一に恨みや、あまりに強い感情で刻まれてしまった霊です。お岩さんや、戦場跡に出る幽霊がこのタイプですね。第二に愛する人の為に出てくる霊。友人の危機に対して出る霊や、最後のお別れに幽霊が来るタイプの話です。日本だと雨月物語の『菊花の契り』とかがそういう話ですね。虫の報せもこれに類するのかもしれないです。

 ゴーストが出てくる話でお勧めなのは前述の雨月物語の『吉備津の釜』ですね。これはもう恐ろしいですよ。

 

 

〜憑く霊たち〜 [余談]

  ゴーストには憑依と呼ばれる性質があります。それは最初は予言や

不思議な力を与え、最終的には取り付いた人間をのっとります。なってしまうともう本人の人格は破壊されたといっていいでしょ。それが悪魔憑きやキツネ憑きと呼ばれる現象ですね。

 最初は悪霊の仕業と言われていたこれらは現在では多重人格などの精神疾患やヒステリーといわれています。

 しかしなおイギリスでは悪魔払い専門の牧師集団を持っておりますし、法王庁にもエクソシストがいます。

 現在、霊界や他の天体からのメッセージを受ける良い憑依ともいえる流れがあります。でも、それは過信すると自分を捨てて何かの道具になるような気がするのですが、どうでしょう?
posted by 九十九屋さんた at 09:47| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マミー ミイラ男

SS おぞましきもの

 顔のないスフィンクスが墓を護衛するように置かれている。それが私の求める場所についた事を示していた。

 私は遂に辿り着いたのだ。黒いファラオ、歴史より抹殺されたネフレン・カの墓所に。

 彼は邪神ナイアラルトッテップを信仰し、おぞましい儀式に耽ったという。その死後、彼の墓所は破壊され、そ儀式により作り出された数多の存在ともども葬られたという。

 だが、彼が残した膨大な技術は人類に知られざる超古代の存在の英知を蘇らしたものという。

 そこには人類誕生以前の知識があるはずだった。

 私はそんな事を考えながら墓所を潜った。

 かび臭い空気の中、現れたのは一つの棺だった。私は高まる鼓動を感じながら近づいていった。棺の蓋を開ける。

 その時、私は感じていた。これは人の触れていいものではないと。

 だが、もうその決心も遅いもののようだった。そう棺から起き上がったもの。包帯で巻かれた巨大な何かの手が私に伸びていく。



〜蘇りし恐怖〜[由来]

 マミーとは、簡単にいえばミイラ男です。包帯にまかれたその下の乾ききった体をしたものです。では、ミイラとは何でしょう?

 ミイラは生き返るまでの保存段階の事だったのですが、それに魂が戻らず邪悪な存在になったのがマミーとされています。その誕生はミイラの呪いが発端のようです。 墓は副葬品の黄金にも価値があるのは当然のこと、ミイラ自体にも薬や染料として商品価値がありました。そのため墓泥棒が尽きることはありませんでした。その墓泥棒対策には様様な策が使われました。例えば建設に従事した奴隷を殺し、秘密が漏れないようにしたりです。そしてその一つに呪いがあります。

『王の眠りを妨げるものに死の翼ふれん』

 で始まるツタン・カーメンのものが有名でしょう。これは1923年、イギリスの考古学者ロバート・カーターとカーナヴォン卿が、まだ盗掘されていなかった少年王ツタンカーメンの墓をカイロ近くで発見した時から始まります。

 カーターの家考古学者のブレステッドは人間の声に酷似した悲鳴を聞きます。その声に家の後ろにいくとキングコブラに襲われるカナリアを見つけます。それお手始めにカイロには不穏な空気が流れ始めます。カーナヴォン卿は虫にかまれた傷口が悪化して死に至ります。彼が息を引き取る寸前カイロ中が停電になります。そして愛犬は見えない何かに怯えたように一声鳴くと息を引き取ります。

 こうした恐怖がミイラの包帯姿に向けられ、マミーというモンスターが誕生したのではないでしょうか。

 

〜ミイラ〜 [余談]

 古代エジプトでは魂は戻ってくるものとされていました。そして現世に帰ってきた魂が戻る肉体がないと困るという事でミイラ作りが進歩しました。戻ってきた魂が肉体がないと困るというのはキリスト教の発想とも似ていますね。そのために土葬にするのですから。

 そのようにミイラを考え始めたのは一つの神話が関係しています。それはオシリス神話と言われるものです。

 オシリスは神々の長子であり、自然を司る神でした。そのカリスマ振りはすさまじいもので一度会った人間をとりこにしたといいます。そして法を定め、人々にパンとワインの製法や建物の作り方を教えた文明の神でもありました。しかし彼が弟のセトの嫉妬により殺されてしまうのです。その肉片は14にも分かれエジプト中に散りました。これは種が大地にまかれたのを象徴したといいます。妻のイシスは必死に肉片を集めました。その過程でミイラ作りの技術が確定したのです。その後、オシリスは生の世界に飽きれたかのように死の世界の神となりました。同時に死=冬であり、豊かな実りの為の蓄えの象徴となり、農耕神としても信仰されるようになりました。
posted by 九十九屋さんた at 09:46| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヴァンパイア

SS 夜の貴族  

 ロディ・ファーランドは友人のクルジム・オムニ伯に招かれ、夕食を共にしていた。

 広間で行われた夕餉は豪華でロディは舌鼓を打った。

 広間の扉が開いた。一人の見知らぬ男だった。

 時代がかかっているが豪華な衣裳と、そのオムニ伯に似た顔立ちから、一族のものように思われた。

 男はオムニ伯の横の席を陣取り、人々を見た。

 オムニ伯の家のものたちは決して視線を合わせないようにし、あった途端うろたえ、怯えたように思えたが、理由を聞くのも不躾と思い、ロディは黙って奇妙な緊張感ある食事を続けた。

 翌朝、ロディを待っていたのはオムニ伯の死の報せだった。

 寝室から慌てて出たロディは廊下に飾られた肖像画を見て歩みを止めた。

 それは歴代のオムニ伯のものであったがその中に昨夜の男の姿を見る事ができた。

 ハイレム・オムニ。そう、クルジム・オムニ伯の祖々父に当る百年以上前に

存命した男であった。



〜18世紀という時代〜 [由来]

 ドラキュラやカーミラなど有名なヴァンパイアもののキャラクターが生まれたのは19世紀ですが、その前にヴァンパイアという名で吸血鬼という言葉が生まれ、一元化されたのには理由があります。

 18世紀教皇であったベネディクトゥス14世が啓蒙的な立場から多くの吸血鬼の情報を集めました。各地に残る土俗的な信仰や、異端的土壌を封じるために行われたのですが、皮肉なことにそれにより、各地で散逸して、忘れられようとしていた吸血鬼をこの世に呼び覚ましたのです。

 それ以前はどう思われていたかというと東欧地方に古くから広く伝わっていたものです。『死者が葬られる前にその死体を猫がまたぎ、鳥が飛ぶと、その死者は吸血鬼になる』といわれていました。また、犯罪者や悪人、呪術師、涜聖者が死ぬという説もありました。既にその頃から吸血鬼に伝染作用があると思われており、そのために村全体の死体を焼却した話が残されています。

 さてヴァンパイアという言葉自体にはトルコ語の『uber』(魔女)や、セルビア語の『vampir』(飛ばない人)からきています。

 19世紀にはこの言葉が一人歩きして妖艶な美女をヴァンプと呼ぶようになったくらいです。







〜ドラキュラ伯爵〜 [余談]

 吸血鬼の中でもっとも有名なのはドラキュラ伯爵ことブラッド・ドラキュル・バサラブというのは一致した意見と思います。これは1879年ブラム・ストーカーの『吸血鬼』に登場したものです。

 実在の人物であるツェペシ公をモデルとした吸血鬼は、貴族、動物を操る、鏡にうつらない、コウモリに転じるなど、ヴァンピールが吸血鬼を倒すものであるなど、現在でもよく知られている特徴を与えました。

 その中でドラキュルの正体は語られていません。彼の一族には同じように血を好む性癖のものが多く、不老である彼らは一族に現れるものが同じだとしてもなんら不思議は無いからです。

 作者の方もそれがわかっていたらしく話の最後でしっかりした処置をとらずに筆を置いています。

 もしかしたらドラキュラはなおそこにいるのかもしれません。

 吸血鬼を描いた作品は多いですが、最近ではアニメにもなった『月姫』の吸血姫アルクェイド・ブリュンスタッドが有名ですね。
posted by 九十九屋さんた at 09:43| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トロル

SS 太陽を飲み込む者  

 ロディは剣を構えた。闇の中で光を照り返し、相手に見つからないように黒く刃を塗ったものの、この曇った夜空の下ではその心配も無かったようだ。

 ロディは相手が来るのを待っていた。

 旅の途中、暖かな食事と安らかな寝床を与えてくれた人々に感謝して、夜家畜を荒らすモンスターを退治すると決めたのである。

 暗がりの中から人を思わせる影が近づいてくる。ただ、その身体は闇の中だと言うのに迷う事無くまっすぐ向かってくる。

 ロディは地面を蹴り、一瞬で切り倒す。狙い違わず、その影は倒れる。

 闇の中、薄汚れた身体をしたそれは岩のような肌をしていた。

 不意にそれは立ち上がった。ロディは慌てて飛びのく。ロディの一撃は速やかに再生し、傷が見る間に消えていく。

 ロディは思い出した。トロルという種族が再生能力を持っていることに。そう彼らは太陽を飲み込もうと欲する闇の一族なのだ。 





 

〜太陽を飲み込む者〜[由来]

 トロルという言葉の意味は分かっていませんが、古エッダ『巫女の予言』ではフェンリルの元になったと思われる大天狼スケルもトロルと呼ばれています。スケルは太陽を食ったとされており、トロルが逆に太陽の光が苦手なのもおかしなことです。

 民間伝承によるとトロルはイヴの子であったと言われています。神がイヴの元を訪れたとき子供を紹介するように言われましたが、全てを紹介せずに何人かの子供を隠したといいます。神がいなくなった後、子供を隠していたところに行ったところ子供はいなくなっていました。神の眼に触れないものは人の眼にも触れる必要がないという神様の意地悪でその子達は人の来ない丘や谷に住ようになったのがトロルなのです。



 

〜イギリスと北欧〜 [余談]

 トロルは人間を見ると襲い掛かってくる凶暴な姿と、人の目に触れる事無くひっそりと生きている2つのイメージがあります。

 もともと北欧のトロルのイメージは、霧の巨人の落ちぶれた姿であり、白夜の夜にひっそりと徘徊し、遠い先祖を悼むという、いわば神の幽霊のようなものでした。

 そのトロルがイギリスに伝わるとゴブリンの親分のようなイメージになり、凶暴で人を食うようなものにと変わりました。そのイメージを更にト−ルキン教授が膨らましました。石から作られたトロルは、魂も心も知能もなく、ただ生肉を食らい、楽しむためだけに殺しを行うイメージを与えたのです。オークとホビットが対応していたように、トロルはドワーフに対応する存在といえます。

 やはりトロールと言えば『ムーミン』ではないでしょうか。内容に関しては説明もないほど有名ですよね。日本人に馴染み深いムーミントロールはトロルというよりは妖精の人当たりのいい面から作られているような気がしますけど、皆さんはどう思います?
posted by 九十九屋さんた at 09:41| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リザードマン(ハチュウジン)

SS 冷血の恐怖  

 自分がどんなところに迷い込んだのか、初めて神官のアル・ナスラインは理解していた。

 砂漠のオアシスで聞かれたトカゲ人の襲撃。大規模な盗賊程度だと思っていた考えはあまかった。

 トカゲ人たちは何時の間にか訓練され、国といっていい規模に成長していた。

 今襲われれば街は廃墟と化すだろう。

 生贄として彼らの信仰する邪神に捧げられそうになって初めてそう思うのは死を前にした平静さのためだろうか?。

 視界一杯に広がるトカゲ人たちは司祭である双頭のトカゲ人の言葉を聞きながら叫びを上げた。

 彼らはこの儀式の後、砂漠を超え、街を襲おうとしているのだ。

 アルはレテ神のペンダントに触れた。

「レテよ、心弱き私に力をお貸しください」

 アルは拘束を振り切り、双頭の司祭に向かっていった。



 

〜壁画〜[由来]

 ケツアルコトルや、ナーガ、ジョカ。爬虫類的の特徴を持つ神々はかつて神話の中を闊歩していましたが、人間の姿を持つ神々があらわれるにつれ、彼らは悪役やモンスターとなり姿を消していきました。その残滓とでも言うように南米には二足歩行する爬虫類のような外見をした生物の壁画を見る事ができます。それに着想を得たアメリカの冒険小説家エイヴラム・メリットはその絵を元にして獣人を小説に登場させ、リザードマンと名づけました。

 

〜実際のハチュウ人〜 [余談]

 一頃恐竜ブームであった時代に恐竜が進化した姿である恐竜人(SauroSapiens)の姿をテレビや雑誌で見た方も多いと思います。それは恐竜の歴史が2億4千万年と長く、ステニコサウルスのように一部の恐竜は目が顔の正面に向いているために立体視ができ、手も物を持ちやすいように進化していたといいます。もし彼らがそのまま進化していたら地上の支配者になっていたかもしれません。

 今回題名は冷血の恐怖ですけど、実際恐竜は今では恒温動物と言われており。

その進化したと思われるトカゲ人も冷血ではない算段が高いですね。

 ハチュウ人が出てくるものというとクトルー神話の一作にあたるラムレイの『大いなる帰還』があります。この小説の中でのハチュウ人は幼年期人間の中に潜み最終的にはその故郷に帰っていく一族です。
posted by 九十九屋さんた at 09:40| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

獣人

SS 魂の咆哮  

 そこは教会だった。

「そこまで真相がわかっているのなら、もう呵責はないはずだ。領主を牙にかけた人狼はわたしだ」

 神父の言葉を聞きながらもエルフの冒険者ニアブ・アークレイブは攻撃できないでいた。

 孤児を救うために私費を投げ打ち、清廉だった神父。

 あの民衆から厭われていた領主が襲われた事に人々は喝采を上げた。

 それでもニアヴは倒さなくてはならなかった。

「ごめんなさい。でも、逃がせば、軍はこの森を焼き討ちする。わたしはそれを許す事はできない」

 ニアヴはルーンを唱えた。

「謝る事は無いよ、ニアヴ。こうなるのは分かっていた事だ。早くわたしを殺しなさい。月が出る前にね。月は望まぬ不死を私に与える」

「せめて安らかに」

 風の精霊がニアヴの声に答え、安らかな死の風を放った。

 



〜シャーマニズム〜[由来]

 人と獣の力を持った一族は世界中と言っていいくらい各地の伝説で語られるものです。人熊、狼男、豹男、人虎、獅子人など、例を上げるとキリがないくらいです。では、それがどのようにして生まれたかというのを考えると狩猟時代の記憶に行き着きます。

 狩猟時代、人間は他の獣よりも劣っているように思われました。熊のような膂力も、豹のような早さも、蛇のような毒もありませんでした。そこで人は身体に油や泥を塗ったり、獣の皮を被ったりして動物たちの力を得ようとしたのです。また、そうした生き物を祖霊とし、シャーマンによりそれが降ろされるにいたって自分たちに与えられる力を信じました。そんな記憶が獣人の一族を誕生させたように思えます。

 

〜獣人の条件〜 [余談]

 獣人の代表であるワーウルフの姿は完全に狼に変わってしまうものの、毛が長くなる程度のものの二種類がいますが共に夜になると理性を失い暴れるものとされています。

 人狼になる理由も主に3つがあります。生まれと呪いです。

 羊膜をつけて生まれた子供や、七番目の息子は狼になるといいます。

もう1つの何らかの理由で呪いをかけられた『美女と野獣』のようなものです。

最後は噛まれたものや殺されたものが伝染するというものです。これを軸に考えた

場合、狼つきを始めとした現象は狂犬病のためであるという説を立てることができますね。

 今回獣人というものを考えるとその種類の多さに驚かされます。『西遊記』に出てくる妖怪の数々は、天上から逃げ出した聖獣が人に化けた事も多く、その大半が獣人といえます。

 日本で獣人というとニュアンスが違いますが、葛の葉などが上げられます。彼女は安部清明の母であり、正体は白狐であったと伝えられています。

 どうも獣は邪悪であるという認識があります。その反面、獣の子とされた安部晴明や、卵から生まれた中國の王や、オオカミに育てられたローマの建国者ロムロスの事を考えると、人は邪悪と同時に先祖が畏怖した力を見ていたのかもしれません。

 中國の獣人の中で日本で有名なのは『山月記』ですね。これは山中で会った虎が旧友の変わった姿という物語です。厳密には獣人と違うのですが、人と獣の間にたつものの悲哀が描かれた佳品です。
posted by 九十九屋さんた at 09:35| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゴブリン

SS 小鬼たちの歌  

 迂闊だった。

 シアは行き止まりになった通路を見つめた。

 昨夜、オークを排除したまでは良かったが勢いに乗って、近道の地下道に入ったのは失敗だった。

 洞窟の中にあった穴にはまり込み、あっさりと正確な道から外れた。そのま

まドロップアウトである。

「あたしってば何て不幸〜〜〜〜〜〜っ!!」

 その声を聞きつけたのか足音が聞こえてくる。シアは物陰に隠れた。今使える呪文を確認すると、強力すぎて生き埋め確定なものばかりであった。

 どきどきしながら待っていると足音が増える。その数は少なくとも10、20、50、100。

 それに連れシアの顔色は蒼白になっていく。その時小さな笑い声が聞こえた。その笑いは大きくなり、そして小さくなった。

「やられた」

 シアは気付いた。自分が今いたずらものの小鬼(ゴブリン)にからかわれていたのを。



〜CO〜[由来]

 ゴブリンの名前の由来はコボルトにあります。コボルトとはギリシア語では子供のことをさします。彼らは鉱山にあらわれ、金や銀に変わり、後には役に立たない鉱石に取り替えていったといいます。その鉱石こそがCO即ちコバルトなわけです。今は使い道のあるコバルトがそういう風に言われていたのは不思議ですね。だから、自分たちが今ゴミだと思っているの物がいつ宝になってもおかしくないですよね。



 

〜小鬼たちの挽歌〜 [余談]

 妖精たちの中でゴブリン(小鬼)は嫌われものです。理由はその醜い外見と意地悪な性格のようです。そのためかRPGでゴブリンと言えば最初に村長さんに頼まれて村の勇者が倒しに行くくらいポピュラーになりました。

 具体的にどんな悪戯かと言うと、牛乳を腐らせ、果実を木から落とし、道しるべを変えたりと、それほど被害の大きいものでありません。

 それも人には避ける機会を与えます。汚れをこっそりつけておいて住む人間がきれいにするか見るのです。掃除してあればゴブリンはその家に住み着きません。うちは多分住んでますね。

 しかし、主に農作物に悪戯する事で幸運を台無しにする彼らは、グレムリンのように勉強熱心ではない彼らの出番は年々減っていくような気がします。

 彼らはいろいろな作品に登場しますね。その反面これはといった話がないのは残念な事です。
posted by 九十九屋さんた at 09:33| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オーク

SS 冥府よりの使者  

 シャイア・アルフィードことシアは目を開けた。森の中で何らかの足音がする。しかし月星の光も差さぬ、この森ではその音の主を特定するのは難しそうだった。

 シアは小さく暗視の呪文を唱えた。

まるで夜の闇が消え去ったようにシアの目は明瞭な視界を得ていた。

 シアの周りを囲むように、オークの集団が現れていた。

 まるで欲望の固まりのようなその豚に似た顔、短い手足。単体での彼らはそれほど恐ろしい敵ではない。真に恐ろしいのは今のように団体で、なおかつ強力なリーダーに率いられたときだ。そうなれば今のように本調子でない魔法使い一人の自分では会いたくない連中だった。彼らの名はかつてこの世を徘徊した恐るべき死神の名を冠しているのだ。

 それでもシアは愛用のロッドを握った。

 このロッドをくれた青年は今自分を助けようと必死に戦っているはずだった。

「こんなところで立ち止まるわけにはいかない」

 シアは小さく呟くとゆっくりと呪文を唱え始めた。





 

〜冥府〜[由来]

 オークの名前の由来はローマの死の神であり、冥府を仕切る神オルクスから来ていると言われています。

 さてそのオルクスの名前はどこからきたかというと、バビロニアの地母神の一つである女神ポルキスからきました。それが公での地母神の信仰が禁止されると男性化されポルキュスと呼ばれるようになりました。ポルキュスはギリシア語で雄豚の事であり、女神にも生贄として豚が捧げられているのが混同し、オークは豚顔になったように思えます。



 

〜デフォルメされた記憶〜 [余談]

 オークは指輪物語に出てくるホビットと対立軸に存在する悪役ですが、ほとんど民間伝承には出てきません。その理由はオークがト−ルキン教授の創作のためです。

 そこで語られるオークは善悪のはっきりとした指輪物語世界の住人であるせいか、ホビットと対立する存在である悪ばかりの要素が与えられることになりました。それがオークの他の種族には残酷で、共食いすら辞さないと言った負の特徴として現れているのです。それでもトールキン教授はオークもホビットは同じ物といっているので、それを人間の二つのサイドの戯画と見るのは考えすぎでしょうか。

 

 オークが出てくるお勧めの小説は富士見書房のモンスターメーカの小説に出てくるオークたちです。彼らは勇猛な戦士の種族であり、人間のパワーゲームに巻き込まれる悲惨な種族です。
posted by 九十九屋さんた at 09:31| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

巨人

SS 古き神たちの末裔  

 ロディ・ファーランドは息を吐いた。

 仲間のシアの命を救うために巨人たちのテリトリーを侵した事でその怒りを

受け、霧の晴れる事の無い山の奥へ奥へと追い詰められていった。

 それでもシアの命を救うには山の奥にある聖泉に辿り着かなくてはならなか

った。

 同行した魔術師のシアや、神官のアルとも離れたままだ。

 霧の中、巨人が姿を現した。

 巨人というのは簡単だがその姿は神を思わせる雄雄しさがある。

 ロディはイスタエフの剣を構え、巨人の前に飛び出した。

「何だ人間。命乞いか」

「いや。あなたがたの居場所を犯したことが怒るのは分かる。だが、僕は戻らなくてはならない」

 巨人は笑った気がした。そして巨人は戦うことも無く背を向ける。

「どういうことだ?」

 ロディの叫ぶに巨人は振り返った。

「神は自ら立ち上がるものを好む。我々もそうだ」

 そして巨人は消えていった。

 ロディは安堵を覚えた。シアもアルも自分できっと立ち向かうだろう。





〜絶滅〜[由来]

 巨人は実在しています。現在、確認されている中では3m近いといいます。そして中國の野人の存在も忘れるわけにはいかないでしょう。そして古代にも巨人は存在しました。

 ホモ・ギカンデスといわれる原人の一族は4〜6mはあったといいます。そんな彼らは、ホモ・サピエンスと争い敗れ絶滅していったのです。その理由は妊娠期間の差にあったといいます。人が生まれて一年余り成熟しないのに大して、ホモ・ギガンデスは妊娠期間が2年近かったといいます。その差が種の保存の差となったのです。

 神話として見ますと巨人族は、ギリシア神話のティターンの一族を始め、零落した神のようです。小人や妖精となったものもいるものいますが、威容を失わなかったものが、巨人として残ったのでしょう。ただ、彼らが幸いであったかといえば、そうではありません。聖書中のダビテ王に倒されたゴリアテや、騎士の物語にも巨人退治は多く見ることができます。

 

〜阿修羅〜 [余談]

 みなさんは阿修羅をご存知ですか?。奈良の興福寺にある阿修羅像が有名です。彼の静謐な表情は美しいですね。ところが中国の阿修羅は仏陀の足元にひれ伏すあまりよい姿ではありません。しかし、初めて仏に姿を与えたガンダーラ美術の時の姿は雄雄しく、我々の知る阿修羅のイメージに近いです。

 みなさんはアトラスをご存知ですが?。ギリシア神話に登場する西の涯に立ち世界を支え持つ巨人です。阿修羅がいるところ、それは仏の座しますところ=世界の下なのです。恐らく阿修羅の初期のモチーフには、ギリシア・ローマで育まれたアトラスが含まれているのではないでしょうか?

 巨人も阿修羅も、神に近い由来と力を持ちながら敗れた、罰を受けているものですから、こうした連想が働いたのかもしれません。

 巨人が出てくる話というと、日本では『ダイダラボッチ』ですね。創作のものはちょっと思いつかないのですが、やはり北欧神話の巨人がもっとも元気だと思えます。
posted by 九十九屋さんた at 09:22| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ホビット

SS 草原の良き友人  

「アルが効くって言ったからブリザード撃ったのにダメじゃないの」

「レジストされたのなら仕方あるまい」

 二人の少女が草原をひた走っていた。一人はロッドを持った魔術師シア、一人は神官であるアルである。後ろから追いかけてくるのはスフィンクスだ。

「しかしあのスフィンクスを倒さねば、合流できなかったし仕方ないのでないか」

「そういう問題じゃない」

 シアが横を向くといつの間にか、アルは消えていた。

「アル?」

 名を呼べど答えはない。

 もう一度呼ぼうとした少女の頭上にスフィンクスが現れる。その口からは呪文が唱えられている。

 レジストしようとした少女の足元にぽっかり穴が開き、爆炎の中地面に落ちる。

「痛ぅ」

 そこは穴になっていた。

「随分とがんばったみたいだね」

 声が聞こえ子供が現われる。少女はライトの呪文を唱えた。

「ただ力だけではムリな事も多いよ」

 光にさらされたは子供だと思ったが違っていた。彼らはこの辺りに住むホビットだったのだ。

 その向こうではアルが笑顔を浮かべていた。



 

〜デフォルメされた記憶〜[由来]

 ホビットはトールキン教授が考え出した種族ですが、その元となったのは多くの小人伝承です。

 では小人はどうして生まれたのでしょうか。同じ人でありながら自分と違うが為に化け物と化す。日本でいうところの土蜘蛛や鬼がそうした伝承で生まれた存在です。小人は同じようなものでありながらいつの間にかひっそり消えていった人々なのでしょう。実際、アフリカに住むピグミー族の身長は150cm前後ですし、小さかったという記憶だけが残り小人になったのかもしれません。

 ホビットが臆病で気もよく、親しみやすい隣人なのは小人族の良い伝承を集めたためです。では、その逆に悪かった部分はどこに言ったと言えば、オークです。オークの時にそれはお話しますが記憶の隅にでもおいておいてください。

 

〜日本の小人〜 [余談]

 日本の小人の伝承はコロポックルと一寸法師ですね。中でもコロポックルは小人としては典型的な伝承である人間によって追い出されてしまった小人ですね。

 一寸法師は小人として生まれた人間ですね。彼らは概ね最後は幸せになりますが、それ力だけでなく機知によるものが多いです。小人の賢いイメージはそうしたところからきているのかもしれません。一寸法師も最後は少将まで出世しましたし。

 ホビットの出てくる話で読んでおきたいのは『ホビットの冒険』と『指輪物語』ですね。でも機会があったら『誰も知らない小さな国』も押さえておいてください。
posted by 九十九屋さんた at 09:19| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

グリフォン

SS 像の秘密

「どうして教会にグリフォンの像があるの?」

 日曜の礼拝に来ていた幼児に聞かれシスターはにこやかにほほえみながら頷いた。

「聞いてきてあげるわ」

 シスターは小走りになると中庭に向かった。それはシスター自身にも疑問だったからだ。

 中庭に行くと探検家でありグリフォンの事も語られている東方旅行記の作者であるサー・ジョン・マンデヴィルが噴水に描かれたペリカンのレリーフを見ている。

「どうしましたシスター・セシル。息を切らせて」

「ちょっとお聞きしたいことがあって。どうしてグリフォンの像が教会にあるのかと礼拝に来ていた子供に」

「子供の疑問に答えるのも大人の義務ですからね。お教えしましょう。このペリカンの寓話をご存知ですか?」

「蛇に雛鳥を殺されたペリカンが自分の胸を裂いて子供を生き返らせた話ですね。それが自分のわき腹をやりで刺されたキリストの象徴であると」

「そう例えばそこのパンサーなどもそうなのですが、この教会にあるのはキリストの象徴であるものなのです」

「ではグリフォンも?」

「そう『キリストは君臨し、偉大な力を持つ故に獅子であり、復活の後天に登るので鷲である』。即ちグリフォンの事である」

「子供に教えてあげてきますね」

 シスター・セシルが走り去った後、マンデヴィルは呟いた。

「それが今回の鍵か」



    

〜鉤爪の主〜[由来]

 グリフォンはキマイラの派生ともいわれていますが、その美しいデザインから独自の地位を築いています。もともとギリシア語ではgrypsで、ギリシア語の曲がったという意味のgrypsに関連するといわれています。

 姿としては単純に上半身が鷲、下半身がライオンのものもありますが、紋章として見れるものは、胴がライオンで、上半身は鷲、馬の耳、そして蛇の尻尾のデザインは幻想動物の中でも美しいものとされています。体色はいろいろで青単色である場合と、黄金の翼と、赤い胸、あとは白というものもあります。

 その性質は獰猛で八頭の獅子よりも大きく、百羽の鷲よりも逞しかったといいます。二頭の牛を一瞬で持ち去るほどの膂力を持ち脅威の生き物と言えるでしょう。

 グリフォンはギリシア原産の由緒正しいモンスターの1つです。酒の神であるバッコスの飼っていた生き物とも言われ、アポロンの聖獣とも言われました。また北方に棲む彼らが金脈の側に住む性質から一つ目のアリマスポイ人と黄金を巡り争っていたといいます。

 ただ、これには異説があってインド発生説もあります。その理由となるのがグリフォンの頭です。アジア系はとさかで、ギリシア系はたてがみといいます。

 サー・ジョン・マンデヴィルの活躍した14世紀ではキリストの象徴とされたのは、聖書のエゼキエル書にある4人の天使の一人を示した記述『四つの者鷲の顔あり。』と、黙示録『第四の活物は飛ぶ鷲の如し。』に起因するようです。そして陸の王者であるライオンと、空の王者であるワシの混合は、陸=世俗、

空=聖となり、聖俗どちらにも力を及ぼせる教会の象徴ともなりました。、

 現在、なぜ教会で見かけないかというと、後にサタンの創造した生き物とされたからです。そうなってしまうと評価は変わり、魂を盗み取るサタンとなりました。

 多くのモンスターにいえることなのですが、権力の判じ方一つで聖は邪に、魔は神に容易く転じるようです。





〜禁断の子供〜[余談]

 グリフォンと馬の混血はヒポグリフというモンスターとなります。『Jungentur jam grypes equis』これはグリュプスに馬をかけあわせるという意味で、不可能という意味の諺です。その理由はグリフォンは馬肉を好むためにありえない話なのです。

 16世紀の初め、『狂えるオルランド』を書いたルドヴィコ・アリオストがこの諺をもとにヒポグリフを創造としたといいます。なぜヒポグリフかというとラテン語で馬はHippo、グリフォンはGryphisの二つをあわせたからです。

 その姿はともうしますと鷲の頭に、鍵爪のある足先、羽毛のある翼を除けば他の部分は馬といいます。

 アラビアン・ナイトに出てくるヒポグリフは黒いペガサスという感じです。イギリスでは昼間は普通の姿ですが、日が落ちると背中から翼が生え、顔は蛇のように化し、足からは大鎌のような鍵爪が伸びたといいます。うまく仕込めば最高の戦馬になったといいます。



グリフォンに関してはtoroiaさんのブログでおもしろいのでどうぞ。

幻想動物の事典制作メモ&NHK
posted by 九十九屋さんた at 09:03| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コカトリス バジリスク

SS 砂漠の起源

 少女が何かの卵を拾ったのは鳥小屋での事だった。そんな言い方になるのも少女は目がほとんど見えないからだ。

 生まれた時から弱かった目は癒される事無く時を過ごし、今ではものの形の僅かに捕らえるに過ぎなかった。

 卵が孵った。

 孵ったものが何であるのか少女には分からなかった。部屋に閉じこもりがちな少女にとって卵から孵ったものはなぐさめになり、それが分かるのかその生き物は少女に懐いたが不思議と他のものの前に姿を見せることはなかった。

 ある日の事だ。少女は生き物に向かい話し掛けた。

「街に魔法使いがいるの。もしかしたら目が見えるようになるかもしれない」

 少女は嬉しそうに語るので、生き物も嬉しくなったかのか飛び回った。

 そして数日が過ぎた。

 少女は久しぶりに見る豊かな森に心躍らせながら自分の家に戻ると真っ先に部屋に戻った。

「見てあなたの姿が見えるようになったの」

 ベットの脇の方に鳥の脚が見える。それが鳥だと知ると少女はふざけるよう

に鳥の囀を真似た。

 生き物が姿を現した。

 それが少女が生きものを見た最後の事だった。

                 ◇

「それがコカトリスがこの森で見られた最初の事だった」

 大魔道師である男の言葉にショートカットの少女ヒナギ・アサラはえくぼを見せて笑った。

「先生、ここ砂漠だよ」

「そう今はね」

 大魔道師は見た。地平線いっぱいに広がる広大な砂漠を。

 かつてここが地母の森と言われた広大な森林であったのを知るものはもう少ない。



       



〜蛇と鳥の最中〜[由来]

 コカトリスはバジリスクと混同されがちですが、もともと同じものなのです。バジリスクはギリシア語でそれを英語読みにしたのがコカトリスといいます。コカトリスの名は古いものので、現在聖書でマムシと訳されているところに場所によっては、コカトリスという言葉が入ったいた時期もありました。

 この二種の姿は様様に変ってきました。最初はその語源である小さな王(Basiliskos)の通り、王冠を頂いた蛇であったといいます。中世以降鶏冠と黄色の羽毛、4本の脚を得て今と同じようなデザインに落ち着きました。このような事からコカトリスが誕生するのはオスの鶏の産んだ卵が蛇によって温められて生まれると言われるようにもなりました。

 ただ、姿は変っても伝わっているものもあります。眼差しと毒です。眼差しはゲームで言うところ石化能力を持ち、一目で見たものに死をもたらし、体中からは毒を発したといいます。どれくらいかというと飛ぶ鳥は落ち、口をつけた川は毒の川になったと言います。コカトリスが砂漠に出るのは自分の住んでいる周りを砂漠にするからではないでしょうか。





〜対立の存在〜[余談]

 コカトリスとバジリスクはその強力な死の力を持つ反面、多くの弱点を持っていました。まずその死の視線に対抗するには盾で視線を合わせないように槍で刺すこと。しかし、槍を毒が伝わってくるので殺した人間もまた死ぬといいます。しかし心配する事はありません。 天敵がいくつか存在しています。そのうちの一つがイタチです。

 『イタチはヘビと闘う時は、前もってヘンルーダを食べる。ヘンルーダの臭いはヘビにとっては有害だからである。』と『動物誌』にあります。ヘンルーダは日本にも入ってきている薬草です。魔除けや興奮剤、虫よけとなりましたが、コカトリスに対しては致命的な毒となります。それを食べているイタチはコカトリスの天敵となるのです。シンボル上の問題で実際食べるわけではありませんが。

 多くの神話の中で見ることができる鱗の一族と翼の一族の葛藤。コカトリスやバジリスクは数少ないその二つの性質を持ったものです。同じような存在である応竜もまた神殺しでありました。両者の融合は不詳なものかもしれません。 
posted by 九十九屋さんた at 08:48| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ミノタウロス

SS 迷宮の奥

 我はなぜ生まれたのだろうか?。そしてなぜ閉じ込められているのだろうか?

その疑問を闇の中、いったい何千回何万回繰り返した事だろう。

 時折送り込まれてくる人間はいたが、闇の中で長い間耐え切れず正気を失い死んでいった。

 死臭の中で狂わずに正気を失わなかったのはダイダロスという男の言葉によるものだ。

「いつかお前をここから開放するものが現れる」

 そして夢の中に現れる太陽の光。

 この二つが我を支えるものだった。

 足音がした。

 眼を開けると光が見えた。

 時折見える松明の光だけではなく、どこか鋭さを持った光。

 いつもと違うそれが我に希望を与えた。

 我は走っていく。光が我を迎え入れるように向かってくる。

 心臓に冷たいものが宿った。そして我は開放された。



〜狂恋〜[由来]

 ミノタウロスの起源はギリシア神話にあります。ミノスの牛と呼ばれる彼は、クレタ王ミノスの義理の子でありました。王権をかけてくれた島で戦っていた際、ポセイドン神に祈り、犠牲に捧げるという条件で一匹の牛を手に入れました。ところがその牛の立派さに、ミノスは犠牲に捧げず、違う牛を捧げました。約束を破ったミノスにポセイドンは怒りました。そして呪いが落ちたのです。ミノスの后パシパエは牛に欲情し、その思いは耐え難いものとなりました。その牛との交接の為にダイダロスは木の雌牛をつくり、想いを遂げさせたのです。そして生まれたのがミノタウロスでした。しかしミノタウロスは人食いの獣だったのです。そこでミノス王は当時、クレタの圧力を受けていたアテネイより、少年少女7人づつを生贄として出させたのです。

 ミノタウロスは牛面に人間の筋骨隆々とした身体でイメージされるミノタウロスですが、ギリシア神話では筋骨は隆々としているものの、顔は唇が捲りかえった事を除けば、顔は人のもので角の生えた人間という鬼に近い姿をしています。ただ足には蹄があったといいます。

 



〜クレタの牛〜[余談]

 ミノタウロスですが、最後はSSで語られたようにミノス王の娘アリアドネに力を借りたテセウスに殺されます。このテセウスがひどい男なんですよ。自分のために国を裏切った少女を置いていくなんて英雄じゃないですよね。

 その迷宮と思われるものがクレタ島に残っており、そこには牛が神聖視されていた姿を見る事ができます。後代、由来の忘れられた迷宮と牛が結び付けられ、こうしたミノタウロスの物語が生まれたのかもしれません。また、その迷宮もポセイドンの作とされております。

 迷宮は、どこか(神・彼方)への到達への困難さを示したものといいます。また、心の中でそれをイメージするための依代としたといいます。クレタ島にも昔はそうした教えがあったのではないでしょうか。
posted by 九十九屋さんた at 08:47| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スフィンクス

SS 予言

 吾がどうしてこのような姿になりながら彷徨う事になったか聞きたいと言うのか。良いだろう。教えよう。

 吾がテーバイに来た時は二つに噂が街に溢れておった。一つは国王が殺された事。もう一つはスフィンクスという怪物が現れ、人々に謎をかけもし答えられなければ食うと言う事だった。暫くすると怪物を倒したものが国王の座に着けるという。

 身に滾るものがあった吾はスフィンクスの住むという街の外れの丘に向かった。

 最初に見えたのは美しい女の顔だった。次いで豊かな胸。鳥の翼。獅子の胴体と脚が現れた。

 獅子の脚が繰り出されれ命はないと吾は思った。

「問う。朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足で歩く動物は何か」

 吾は悩んだ。答えが分からない。

「ならば我が糧となれ」

 スフィンクスの顔が近づき、生臭い息がかかった。その美しい瞳には吾が映っていた。

「吾」

 スフィンクスの動きが止まった。

「何と言った」

「吾・・・」

 そうだ吾は人間だ。

「人間だ。生まれた時は赤子で四つ足で歩き、やがて二本足で歩き、最後は杖をついて三つ足となる」

 スフィンクスは去り、そして死んだ。

 そして吾は王となり、人の身では許されぬ過ちを犯し、目を失った。

 そうスフィンクスの言葉こそ謎ではなく予言だったのだ。親に捨てられ獣のように過ごし、一人立ちし、いまは目を失い杖を使い三本足となった吾の。



〜王の象徴〜[由来]

 名前の由来ですが、エジプトではシェスプ・アンク(生ける彫像)と呼ばれており、これとギリシア語の「きつく縛る(Sphink)」が混じってスフィンクスになったといいます。ピラミッドもそうですが、エジプトの文物でありながら、記録に残り流布したのがギリシア語だったためですね。 

 スフィンクスはエジプトにおいては王権の象徴であったといいます。ギザ高原に作られたピラミッドの横にあるエジプトのスフィンクスですね。その姿は獅子の胴に、ファラオの顔です。そして向いている方向は太陽の昇る方となっております。ピラミッドを含めて一体全ての構造が太陽、つまりは王権を象徴するものになっています。 キマイラもそうだったですが権威あるものが零落してモンスターになることが多いですね。力を失ったものが反動のように忌まわれるのはいつの世でも変りませんね。



〜いくつもの姿〜[余談]

 スフィンクスはいくつかの姿があります。もっとも知られているのはギリシアのスフィンクス(人間の女性の顔にライオンの身体で有翼)。そしてアンドロスフィンクス(胴はライオンで人間の頭と手を持つ)。さらにクリオスフィンクス(胴はライオンで雄ヒツジの頭を持つ)。最後にヒエラコスフィンクス(胴はライオンで鷹の頭を持つ)。

 姿に負けず、いくつもの伝説があります。その中でもっとも有名なのはSSで出てきましたオイディプスの逸話ですね。謎に答えられない若者をむさぼり食いましたが、オイディプスに答えられ。身を投げて死にました。エジプトにおいてスフィンクスはウラヌスの娘でもあり、テュポンとエキドナの娘でもあります。メソポタミアにおいては、ティアマトの作り出した怪物の一つでありました。いえるのは常に彼女は災厄の側にいるものだということです。彼女の翼は感染する早さであり、その人間の顔はこっそり忍び寄ってくるような狡猾さを示します。そしてそのライオンの身体は遭えば死をもたらすのを示しているのです。そうスフィンクスは悪疫であり、伝染病の象徴なのです。
posted by 九十九屋さんた at 08:43| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メデューサ

SS 女王

 あの人と会った後はどうしてこんなに寂しくなるんだろう。しかし女王と呼ばれ、ペラスゴイの民から女王として崇拝を集める私は耐えなくてはいけなかった。

 大地の女神ガイアの孫であるわたしは、砂浜の砂が海にひかれるように、海の神であるあの人の中に吸い込まれてしまっている気がする。

「気が済みましたかメデューサ」

 その声に振り返ると立つのはアテナだった。わたしはゆっくりと一礼した。

「ここは私の神殿。ここで叔父上と結ばれるとはいかなる罰を受けるかお分かりですね?」

「結ばれる。いいえ、ただ私はポセイドンさまとお話していただけで。それにここはまだ誰の神殿でもないと」

「いいえ。勝負に勝ちこの街はアテネイと呼ばれるようになったの。この神殿はわたしのものよ」

 アテナは怒っているようだった。

「神罰を受けなさい」

 稲光のようなものが走ったと思うとわたしはそのまま意識を失っていた。

 目を覚ますとアテナの姿はない。わたしはアテネイと呼ばれるようになった街に背を向け、自分を崇めるベラスゴイの街に戻った。

 それがわたしの愛するべラスゴイの終わりになるとは知らずに。



〜姦淫の罪〜[由来]

 もともとメデューサは大地母神であるガイアの孫にあたる美しい少女神です。その彼女がどうしてこのような事になったかと言うとポセイドンと恋に落ち、それにより神々に反感を持たれました。さらにアテナ神殿で交わるという行為をしたためアテナに呪いをかけられ、蛇の髪に、青銅の手、石化能力を持つ目を持つ事になったのです。

 その後、アテナの手引きにより現れたペルセウスにより殺されてしまい、その首はアテナの胸当てにされてしまったといいます。

 メデューサもまた零落した神と言えます。メデューサの語源は女王であるといいます。これは彼女がギリシア以前に地中海を支配したペラスゴイ人の神であった事に由来するものです。彼女はポセイドンの妻神として信仰されていました。ポセイドンがギリシア神話に導入された時、妻神としての地位は剥奪され、怪物となってしまったのです。



〜同一の側面[余談]

 メデューサはアテナの元にあります。アテナの元にいった理由はペルセウスの話に関連しています。ペルセウスが、メデューサを退治する時に、鏡の盾をくれたからです。その後、彼がアンドロメダを救うための話が伝えられています。しかし、これには隠された一面があります。

 実はアテナはもともとシリアの女神であったといわれます。世の多くの女神たちと同じように彼女もまた三柱で信仰されていました。その破壊であり、恐怖の側面を示した女神の名がメデューサだったのです。だからアテナにメデューサが捧げられたのではなく、意匠としての盾を見たものが説明としてこの神話を作り出したのかもしれません。

 蛇としてのアテナにはもう一つ話が伝わっております。アテネイはアテナに捧げられた町として有名です。そのアテネイの王ケクロプスに、アテナは一つの箱に入れた神の子を預けます。中を見ることなく養育するように言われました。しかし好奇心にかられた娘が見てしまい気が狂ってしまいました。その子はアテナがヘパイストスとの交情をいとった時に、落ちた精液から生まれた神の子だったのです。その姿は蛇であったといいます。
posted by 九十九屋さんた at 08:40| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ペガサス(ペガソス)

SS 翼の王

 ベレロポンは意識を集中する。

 空気は薄くなっていくのに身体を慣らさなくてはならない。

 自分が騎乗するペガサスの飛翔は気をぬけば天まで至るのだ。決して油断して乗っていいものではない。

 だが、今日目指すのはまさに天界あった。

 地上で行った無偉業。キマイラ退治、ソリュモン族の撃退、アマゾン族との征伐。既に地上に手の届かぬ栄誉は無くなっていた。

 かのヘラクレスが神になったように自分もまた神になるにふさわしい。大行の数こそヘラクレスに及ばぬもののそれは問題ないはずだった。

 ヘラクレスですら死してその人間であった肉体を焼き捨てた。こうして生きながら天界に上がり自力で神となるのは自分が最初であるはずだった。

 ペレロポンは既に過ちを犯していた。

 その力は一人のものではない。ペガサスと共にあって始めてかなうものだ。そして神は増長するものを嫌う。

 既に神の悪意が小さな虫の姿になって忍び寄っているのをベレロポンは知らなかった。 

    

〜メデューサの子〜[由来]

 メデューサはペルセウスにより退治されたモンスターです。ペガサスはその血より生まれました。メデューサは蛇であり、馬と関連がないと思われるかもしれません。しかす、メデューサはもともと女神でありました。もともとはポセイドンは馬と付き合いの深い神であります。アテネイの支配権を巡っての争いではポセイドンは駿馬を出しましたし、また豊かさの神であるデメテル神に関係を迫った際は馬に変身しております。そしてメデューサも含まれるゴルゴン姉妹の一人はエウリュアレは飛ぶ女と言われました。その2つの要素から、空を飛ぶ馬が生まれてもおかしいことではないのです。

 ペガサスは上昇する水蒸気に関連しているとも言われます。海や泉、川などから空にと向かっていく蒸気の流れが翼を持った馬のイメージになったのです。その証拠というわけではありませんが、ペガサスが高くなることを抑えたヘリコン山には泉があります。抑えるときに叩きつけた蹄の後から泉が湧き出し、それは芸術の女神であるミューズが霊感を得る場所ともなりました。



〜捧げられたもの〜[余談]

 ベレロフォンの出自についてはいくつか説がありますが、父がポセイドンであったという伝承が残されています。特異生まれ方とはいえ、メデューサとポセイドンの子であるペガサスを捕らえて使いこなせたのは、どこか血のつなががあったのかもしれません。

 さて、伝説上、ペガサスを乗りこなせた人間はベレロフォン一人ですが、それは黄金の鞍があったためです。父ポセイドンに与えられたとも、女神アテナに夢の中で与えられたともいえる鞍が無ければペガサスを扱うこともままならなかったのです。既にベレロフォンはその力を手に入れる段階で神の助けを借りているのに気付かなかったのが最後を決めたのかもしれません。

 SSのように慢心したベレロフォンは、神に命じられたアブのため、ペガサスの制御を失い地上に落ちました。そして彼は地上をさ迷い、最後は野馬に踏み殺されたといいます。

 ペガサスはゼウスに引き取られ、今でもその姿を見ることができます。そう夏空に輝くペガサス座です。
posted by 九十九屋さんた at 08:37| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ユニコーン

SS 暗殺用

 この平良の商館にはいろいろありますよ。

 例えば恋茄子(マンドラゴラ)とか、偽海亀とか、ロック鳥(鵬)の卵とか。

 嗜好品ばかりですって。そんなことはないですよ。切実なものもあります。

 その最たるものは、ユニコーンの角の杯と、それを粉にした薬です。どうしてこれらが高価かと言えば、杯の方はいれられた毒を解毒し、粉の方は既にとってしまったいかなる毒も解毒する効果があるからです。

 そんな効果はない。はあ、一角獣の角は水棲のイッカクの角とおっしゃるんですね?

 ようがす。では、1つユニコーンの角にかかわるお話しましょう。

あるご領主がよく使われた手だそうなのですが。毒殺の手段に使われたそうなんですよ。どう使ったですかって。

 料理に毒を仕込んでおくんです。勿論一緒に毒殺する相手と一緒に食べます。で、自分だけはユニコーンの角の食器を使うんですよ。ね。いい高級品なのが分かるでしょ。

    

〜月の獣〜[由来]

 ユニコーンの姿は白馬に一角で、乙女に従っていると、どこか穏やかなイメージだと思います。しかし初期のユニコーンは違っています。

 『もっとも獰猛な動物は一角獣である。その一突きは象をも殺す』とあります。色も全身真っ白ではなく、頭は鹿で色は紫、足は象、尾はイノシシとなっています。今日の白馬のイメージが成立したのは遅くても16世紀頃と思われています。そして純潔な乙女が捕らえる事ができるとイメージされたのもこの頃のようです。

 ユニコーンがいるとされたのはインド。これはインドにはサイがおり、その姿が投影されたせいかもしれません。そしてエチオピアの月の山とも言われています。さらには砂漠に住むともされますが、常に単独でいる事が多いです。それはユニコーンが月を象徴とするものであるからでしょう。夜空の月の寂しさは、実在しないユニコーンにそのイメージを付与したのでしょう。

 天敵はライオンといわれており、ヘリオポリスの遺跡にも残っており対立は根深いです。これはユニコーンが月を、ライオンが太陽を象徴とする神話に関連があるのでしょう。中世の寓話にはライオンにからかわれるユニコーンの話となって残っています。それを知っているとイギリス王室の紋章に描かれたライオンとユニコーンがどこか皮肉に見えてきますね。ユニコーンはスコットランド、ライオンがイングランドを示すものですから。  



〜角の秘密〜[余談]

 ユニコーンの一角は男性の象徴であり、乙女によって捕まえられるのはその情欲により支配されているためなのです。

 ユニコーンの絵を見ていると乙女と描かれている事よりも単体でかかれていることが多いことに気付きます。そのユニコーンの絵は囲いに覆われている事が多いです。これはユニコーンが野生の象徴であり、木という理性に縛られ、知識という柵におさまる事でコントロールされた状態である人間を寓意した事

といいます。 

 角の効用は解毒といわれています。もともとユニコーンの角は蛇の毒に対して解毒作用がありました。蛇が水を飲んだ泉はその毒が伝わり、他の生き物が飲めなくなるといいます。ユニコーンは角で十字を切った後、泉に角をひたします。その効用で、泉が浄化された後、他の動物たちは水を飲むのです。その話が残り、ユニコーンの角は粉にして飲めば万能の薬となり、角で作った食器は解毒作用を持つといわれるようになりました。中世の薬屋のリストにはユニコーンの角を見ることができます。これは実際は海生の哺乳類であるイッカクの角といわれています。

 
posted by 九十九屋さんた at 08:37| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする