2007年11月18日

海のあやかしたち

 海は現在のように技術があっても危険な場所。当時の「板子一枚下は地獄(いたこいちまいしたはじごく)」の言葉があらわすように、生と死の境界の場所であったせいか、妖怪の話が多くあります。

 海坊主というのをみなさんご存じでしょうか。
 海坊主は海に出る妖怪で、巨大な坊主頭で海に現れ、漁船を転覆させたり、おどろかしたりするものです。
 東京湾に出るというのは巨大な黒い入道のような姿です。地域によっては何本か足があり、頭がつるりとして光る坊主頭ということか、タコめいた姿の時もあります。また、羽がある、すっぽんの体で頭だけが人間など、いろいろな姿で正体がつかめません。
 そのせいか海坊主は吉祥である(見ると長生きする)、不吉である(人を海に沈めて殺そうとする)という2つの系統の話があります。それは多くのジンクスの成立と同じく、その後に良いことや悪いことが起こり、海坊主とあうという珍しい経験が原因ではないかと考えられ、過去の意味が組み替えられたためでしょう。

 坊主という文字の上のイメージからいろいろと連想が働いたのか、海には僧の姿をした妖怪をいくつか見ることができます。
 海難法師、和尚魚、海座頭などです。
 その辺りはちょいとこの辺りを見ていただいて。
http://youkai.seesaa.net/article/40270872.html


 さて、船の上にも神様がいました。それはフナダマサマです。
 フナダマサマは船の守り神である、多くの船で船を守る存在としてあがめられました。
 そのフナダマサマが時折地上で祭られている場合があります。海の神様であるフナダマサマが陸上で奉られる理由は、陸に上がった船乗りが霊験あらたかな神を信じて地上に奉ったもの。もう一つは怪異をもたらしたものを沈めるために奉ったものです。
それが安宅丸稲荷堂です。

 安宅丸はまたの名を天下丸という船の名です。寛永12年に将軍徳川家光によって作られた江戸幕府最大の船であり、長さは55メートル。200の櫓を400人でこぐほどの巨船でした。志のない者や罪人を乗せると唸り声を上げて拒否したといいます。しかし、巨大さ故に運用が難しく、また鎖国により海軍の出番も在りませんでした。結局、深川御船蔵に抑留されたままでした。しかし、夜になると「伊豆へ行こう、伊豆へ行こう」と騒いだといいます伊豆は安宅丸の作られた場所だったのです。そしてある嵐の夜、安宅丸は海へと勝手に向かいました。そして三崎沖で拿捕されその後解体されました。そして怪異は終わったとされましたが、解体された廃材は売りに出されました。廃材で穴倉の蓋に使った家の妻に安宅丸の霊が憑き、狂ってしまったという話が残っています。

 解体された安宅丸のフナダマサマは、その後、下総国の妙泉寺に奉られ、おいなり様として江戸時代多くの信仰を集めました。現在でも江戸川区谷河内の妙泉寺安宅丸稲荷堂として残っていて、雰囲気のあるいい場所です。近所ですし、いかれようと思う方もいらっしゃると思いますが、妙泉寺は今でも仏事を執り行う現役のお寺ですので、邪魔にならないようにしてくださいね。

posted by 九十九屋さんた at 17:43 | 千葉 晴れ | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム| edit
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