2005年05月06日

白娘子

SS 天に逆らい

 白娘子は人となった姿を見ながら大きく息を吐いた。

  西王母さまの蟠桃園で、仙桃を盗み食いして神通力を得てからこんなに気もそぞろになったのは初めてだった。

  雨の一滴に身を変えて、降りしきる大雨の中、地上にまで降りてきた。ここで神通力に気付かれれば天界のものを招くかもしれない。

  峨嵋山連環洞での修行で、神通力に磨きが掛かったとはいえ、斉天大聖孫悟空のように天将や、天兵の相手をするほどの力はない。

  それでも人界にいかなくてはならなかった。そう、桂枝の為にも。彼が人界に落ちて、ただの凡胎となり、貧しく苦労しているのは自分の為なのだ。だからこそ自分は地上に赴いて彼を助けなくてはならない。

  このまま、こっそり人界に入ってしまえば、誰も追ってはこないはずだ。 

  峨嵋山を降りていく。もし神通力を使ってしまえば見つかってしまう。険峻な山を下っていく。草木が手に絡み、傷をつける。白い滑らかな手に傷がつく。それでも、痛みが増せば、あの人にそれだけ近づいている気がした。

  峻烈な山が終わり、空が姿を見せる。空には天の川が、ゆらいと空を渡っているのが見える。

  そうあの天の川にかかる橋で、桂枝を見た。そして桂枝も私を見てくれた。思いは眼差しで伝わった。でもそれは許されないことだった。

  自分は天界に幽閉を命じられ、桂枝羅漢はその力を失い、許仙という人となった。

「待ちなさい」

  そこに立つのは黒で身を固めた一人の仙女だった。黒風仙とよばれる彼女は姉弟子であった。

「桂枝羅漢はもう人間です。あなたのことなど覚えていないでしょう。それなのにどうしてくだるというのですか。彼が、その因果を越え、戻るのを待ちなさい。私たちにはそれだけの時間があるのです。彼の名は許されれば仙(遷)れるということなのですよ」

「師姉、ごめんなさい。もう、あの人が痛苦の中過ごすのが耐えられないの。確かに私たちから見ればほんの短い間。でも、人間には生まれてから死ぬまで。それまでに、あの人が成れなければ、もう次はないでしょう」

「行くのですね」

「はい」

  黒風仙は小さく息を吐いた。

「師妹、よくお聞きなさい。あなたが水滴に変化した雨の中を探すのと同じくらい、桂枝羅漢が誰に生まれ変わっているか探すのは大変な事よ」

「それは」

  考えていなかった。といえば嘘になる。でも、地上まで来てしまえば何とかなると思っていたのは本当だ。

「彼は思い出を失っている。でもね、決して拭いきれないものもあるのよ。だから、探しなさい。あなたが、天界で見たのと同じような風景を。そうすればきっと彼は見つかるから」

「どうして助言を」

「私たち仙人は、情を捨てることで仙人になる。でも、あなた方のような精怪は、自然の精気を集めて神通力を得る。だから、あなたのような思いを私を抱くことはないわ。でも、世にあるものならあなたのように振舞うのが正しいのでしょう」

「師姉」

  白娘子は手を握り締めた。自分はあの人を思うあまり、何も見えなくなっている。もし、このまま人界に紛れれば、この姉弟子とももう会うことはないのだ。

「行きなさい白娘子」

  白娘子は頷くと、天ではなく暗い俗界を目指してくだっていった。



〜薬屋〜[由来]



 明の時代、初許仙という青年が白素貞という娘と愛しあい、いっしょに薬屋を営んだ。商売は繁盛したが、人の嫉妬を買い、金山寺の住職の法海に訴え出た。法海は許仙に、俗世を捨てて出家するよう勧めたが、許仙はその勧めを拒絶して白素貞と結婚した。というのが白娘子の物語の原形になったといわれています。

  それが物語に変化していきます。蛇の化身である白娘子という娘が、俗人である許仙を愛し、結婚したが、法海という和尚に妨害され、仲を引き裂かれたというのが大まかな流れです。日本だと割合僧は力づく、あるいは法力でどうにかしますが、法海は計略を用いて蛇である白娘子の正体を暴き、許仙をだまして金山寺に連れて行きます。当然、そんな事をされ、怒った白娘子は、金山寺に行き、法海に夫を返してくれるよう求めます。そう書くと何かちょっとした喧嘩に過ぎないようですが、違います。白娘子の侍女である青々は金山寺近くの西湖の水眷の主です。そう金山寺の回りは水に包まれるのです。対抗する法海も今までと違います。神兵を呼び出し、水眷と戦わせます。結果、白娘子と青々は破れてしまい、雷峯塔という塔に閉じ込められてしまいます。いつごろから様々なオプションがつき、白娘子は孫悟空ばりに仙桃を食べて、仙人として修行していたり、許仙が阿弥陀仏の弟子である羅漢になったりしましたが、基本は変わりません。

  さて、このパターンと似たものがありますね。上田秋成によって『蛇精の淫』です。

  ある男の人が雨宿りをしている女の人に傘を貸し、いつしか相思相愛になります。二人は婚礼をあげますが、彼女の周りで奇異な事が起こります。ある知り合った和尚が女の身から出る妖気に気付き、呪文を唱えると実は白蛇だった。白蛇はその侍女の青々(青蛇)ごと鉄塔に封印されてしまいました。

  さて、この2つをいい感じに組み合わせた物語が、『雷峯塔物語』 作田中貢太郎 として青空文庫で見ることができます。

  雷峯塔物語では、そうでもありませんが、京劇の白娘子は恋のあまりに一途に振る舞い、愛らしいです。SSの方はそんな風にイメージしたのですがいかがだったでしょうか。



〜変化〜[余談]

  歌は世に連れ、世は歌に連れといいますが、物語もその性質を持っています。そう、白娘子はまさにその見本といえます。

  さて、変化の様子を見て見ましょう。

  青々は捕らえられていないバージョンもあります。ここでは青々はその後、修行をし、鉄塔を打ち倒し、見事白娘子を救い出します。

  あるいは、白娘子と許仙の子供が、成人して修行をし、鉄塔を打ち壊し、助けるというバージョンも存在しています。

  これらは2つとも、最初の物語にはなかったことですね。

  しかし、そこで問題になるものいます。そう白娘子を封印した法海和尚です。きっと彼は敵対者として青々や、白娘子の子の障害となると思われるでしょう。しかし、そうはならなかったのです。

  白娘子が封印された事に関して、蘇州、杭州一帯の民衆は次々に白娘子の味方をしました。白娘子はもともとの話と同じく、薬屋を営んでいました。彼女は仙人として修行もしていますから、人間が作った薬とは比べ物にならない薬効があったのです。この知らせが玉皇大帝のところまで届き、彼はただちに太白金星を下界に派遣し調査させた。 とはいうものの、天界と人界では時間の流れが違うのでそこそこかかってしまったようですが。太白金星は神兵神将を率い、下界に降り法海和尚を捕らえようとしました、ところが法海は逃げたのです。追われ、陽澄湖の付近までたどり着いたとき、もう逃げ場がなくなりました。切羽詰ったなか浅瀬の岩の隙間にガニを見つけると法海和尚は蟹の甲羅の隙間にもぐりこみ、蟹の甲羅の中に隠れてしまったのです。「 本来なら雷に打たせて殺すところだが、見たところ悔い改める気持ちもあるようだ。多少なりとも活路を残してやろう。今後おまえは自らの本分を守り、蟹の甲羅の中で修行を積み、悟りを開け!」 とある意味、殺されるより辛い事に法海はなってしまったのです。蟹の中から出る事を許されなくなったのす。実際の法海和尚は歴史上、仏教文化に貢献をした僧侶なのですがふんだりけったりですね。ちなみに今でもその法海和尚を蟹の中に見ることができるそうなので、一度見て見たいものです。
posted by 九十九屋さんた at 05:45| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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