2005年05月04日

グール

SS 生の果て

 それと私が出会ったのは14歳の時の事だ。

 スラムで寝泊りしていた私はある夜、奇妙な音を聞いた。眼を開けてみると壁を通り抜けて人間の腕が現れているのだ。

 それはやがて壁から抜け、全身を現した。

 闇の中ではっきりと姿は見えない。ただ大きさが人間よりも大きかった。鈎のようになった爪の指先がはっきりと見えた。

 それから、その姿を見ることは多くなった。見つけるたびに私は後をつけるようになっていた。

 それが何なのか?、どこから来るのか?。どんな意味があるのか?

 続けていくうちに彼らが主に地下から現れ、壁や、塀といったものを無視して移動する事に気付いた。

 何年かが過ぎた。

 私は今地下にいる。彼らの正体を探るうちに地下から出れなくなっていた。

 彼らは私を仲間と認め、食料を与え、生きるための知識を与えた。

 ある日、私は地上に出た。その水面に映る姿を見たとき、私は慟哭した。

 気付けば私はそれ、グールと同じ物になっていたのだ。



〜食屍鬼〜[由来]

 もともとグールはヘブライ語でRIRISU(災厄・恐慌)や、カルデア語でGIGIMU

(砂漠に住む悪魔)という意味だったといわれています。

 外見としては人形、毛深く黒い姿で、男は異形、女は美形です。

 グールの正体はジン(精霊)そのものという説と、墓場の中にいる死体にジンがとりついて動き出したものという説、人食い人種そのものをさすという幾つかの説があります。ヨーロッパにいく過程で何か誤解され、吸血鬼の一種のように思われました。

 『アラビアンナイト』を読むと主に出てくるのは人食い人種ですね。ここでも正体は分かりませんが『死ぬ』という文があることから種族を指しているようです。

 そしてクトルフ神話では種族としてのグールが描かれています。彼らはドリームランドに住み、実体と夢の最中の肉体を持ち、密室に不意に出現し、死体を食べ漁ります。またグ−ルと一緒に過ごしていると人間は少しづつグールに近づき最終的には一員になってしまうといいます。

 死体にとりついた話してして有名なのは『屍鬼二十五話』です。これはアラビアではなく、インドの話です。これに関しては下の余談で。

 

 

〜屍鬼二十五話〜 [余談]

 ヴェタラ・パンチャヴィサンティ、直訳すれば『ある鬼神の二十五の物語』と呼ばれる物語があります。その最初に王はある行者に頼まれ、深夜墓場の樹にかけられた死体を持ちかえります。王は死体を背負い運ぼうとすると、死体が話し出します。怯えない王の豪胆さに、死体についた屍鬼は王に忠告を発します。行者が王の命を狙っていると。そしてどうなるかは読んでいただきいと思います。東洋文庫で出ているので意外と学校の図書館にあったりするので。

 その中で屍鬼が王に向かいいくつもの話を聞かせるのがこの『屍鬼二十五話』

なのです。実はこのお話の成り立ちが面白いのです。これはもともと「カタ−・カリット・サーガラ(物語の川が流れる大海)」という話の一部なのですが、この本は『ブリハット・カター』という話の要約なのです。そして『ブリハット・カター』は破壊神であるシヴァが后であるパールヴァティーに語り聞かせた禁断の物語を、鬼霊の言葉であり、今では失われたバイシャーチー語で記したものと言われます。そうこの物語が神自身が語った物語の要約なのです。

 語源の一つであるRIRISUは恐らくリリスでしょう。リリスといえば、イヴの前に作られたアダムの伴侶であり、吸血をする悪魔ですよね。そういうことから混合されていったのでしょう。

 グールというか屍鬼が出る物語といえば、小野不由美の『屍鬼』でしょう。
posted by 九十九屋さんた at 09:49| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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