2005年05月01日

SS 昇竜 

 黄帝は天下を見ていた。

 天に選ばれた天子としてこの大地を治めてきた。

 文を作り人々の間に残すことを教え、暦を作り時を教えた。

 蚩尤を倒し、数多の妖怪への対処法も人々に示した。

 天下は平定された。

 あの日見た華胥之夢のような世界を作ることができたのかは分からない。

 黄帝は満ち足りていた。

 その時、黄帝は天に光るものを見た。

 それは竜であった。

 竜は黄帝の事を見ていた。その目に潜む英知は渺海の辺であった白澤を思い出させた。

 竜は黄帝に背中に乗るように頭を垂れた。

「天に登れというのか?」

 竜は頷いた。

 黄帝はうなずき、人道から天道へと向かった。



 

〜九似説〜[由来]

 みなさんが竜を想像するときの形は主に漢代にあらわれたこの説によっています。これは 頭はラクダに、角は鹿に、目は兎に、首は蛇に、腹は蜃(竜の一種)、鱗は魚、爪は鷹、掌は虎に、耳は馬に似ているといわれました。それ以前は、馬の顔に蛇の身体や、人頭、蛇身でした。

 今回蜃について調べたんですが、むしろ蜃のイメージが全体適に竜の姿に吸収されたようです。

 蜃の姿は鹿のように分かれた角があり、長い首から背筋に沿って鬣がはえています。全身は鱗に覆われ、四本の手足があります。

 どこか全体的なイメージが竜に似ていると思えるのですがどうでしょうか?。



 

〜神か魔物か〜 [余談]

 竜はもともと吉兆とされるいきものでした。その歴史は古く殷(商)でも竜が尊ばれた記録があります。

 それは何度か触れましたが古代中國では竜をト−テムとする一族がおり、それが夏でした。夏は滅び、殷となりました。殷は多くのものを夏から吸収しました。その一つが竜トーテムだったのです。そしてトーテムの発想は消え去り最終的には王は竜の血をひいているという思想だけが残ったのです。だから皇帝の顔を竜顔と呼んだりするわけですね。漢の高祖劉邦は竜と母が交わって生まれたとされていますが、彼は竜顔の持ち主とされ、高い鼻が特徴だったといいますから、それが特徴かも知れません。ちなみに蚩尤も元々は竜の姿でしたが、竜が高貴という流れになる中で、その姿を変えました

 尊ばれていた竜ですが、時代が進むに連れ、その威光にも陰りが出てきます。

占い師と雨の量を賭け、天帝の命に逆らい罰として斬首されたり(西遊記)、すっかりおもちゃ扱いされて殺されたり(封神演義)、人間に化けて浮気したり(捜神記)します。

 これは茶化されるくらい竜が一般に流布したのでしょう。

 さらに日本では海や湖沼、水のあるところには天帝に命じられて竜王がいるという伝承と、日本の信仰であるヌシの要素が混じって、日本では竜神と呼ばれる存在になったのです。インドでは神の側にあったものが日本では身近な守り神になったと言えます。妖怪は神々が零落したものと言いあまりいいイメージはありませんが、こうした零落ならありがたいと思うのは竜神様に失礼でしょうか?





  
posted by 九十九屋さんた at 09:18| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 白澤図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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