2012年09月03日

御霊について考えたこと・・・多田克己先生の妖怪玉手箱にいって

今日は多田克己先生の妖怪玉手箱というイベントにいってきた。

 御霊と怨霊という話で、知っている話も、知らない話も色々とあって、おもしろかった。

御霊 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E9%9C%8A%E4%BF%A1%E4%BB%B0

中国から御霊というか、怨霊を祀り、神にする方法が吉備真備によって伝わった。という話があり、はて、中国にそのような神様がいたかしら?
と思ったら、関帝聖君、つまりは三国志の関羽であると思い至った。

関羽が神格化されたのは北宋の時代なので、奈良時代と随分差があるなと思った。
 

 だが、考えてみれば、最初の御霊といえる存在があった。

 蚩尤だ。
 蚩尤は、中国の最初の人間である支配者黄帝と対立した存在であった。
 蚩尤は兵器の創始者とされる軍神であった。黄帝は激戦の後、蚩尤を倒す。しかし、天下は納まらなかった。
 そこで蚩尤の姿を描き、側に置くことで、天下の乱れを防いだとされる。
 
 この兵器の神という記述は、後々にも伝わり、始皇帝や、漢の高祖は、蚩尤の塚で祭りをしたという。

 ところで蚩尤とは神農の子孫であるから、牛の要素を持っている。牛つながりで一周する気がするのだが、どうだろうか。


 自分は前、牛を祀る、殺牛祭神というのは、水神としての要素ばかり考えたんだけど、考え直さないといけない。

手賀沼の主 http://youkai.seesaa.net/article/16316117.html
牛と水神  http://youkai.seesaa.net/article/19411113.html
posted by 九十九屋さんた at 02:25| 千葉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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