2006年11月07日

身代わりのお守り

 ある女の子が大病を患っていました。
 毎日、少しずつ衰弱していきました。
「親しい人を集めておいてください」
 医者も諦める事を肉親に匂わせます。祖母はそれを聞きながらできることをするだけでした。
「これは大師さまのお守りしい」
 祖母はお守りにヒモを通すと少女の首にかけました。
 女の子は峠を越え、一月あまりで回復しました。
 祖母は大師さまに心の中で何度を頭を下げていました。
 年の瀬になり、女の子は祖母と共にお寺にやってきました。少女の首にはあの病気の時以来のお守りがぶらさがっています。
 新しいお守りを分けてもらい、お守りをおたきあげしようと中を見ると、お札が真二つに割れていました。
 
 あ。
 気付いた時男は車に引かれ宙高く舞い上がった。
 交通事故に巻き込まれた男性が車にぶつかったのに無傷でした。
 普通、アスファルトに叩きつけられたのだから、大怪我をして当たり前なのに。しかし、男性の鞄は無事だったのに、中のお守りだけはきれいに壊れていました。


 このように気付いたらお守りが守ってくれていたという話は多くあります。皆さんも一度くらいはそう感じた事や、話を聞いた事があるかもしれませんしかしお守りが割れたり、壊れたりしたのはただの偶然かもしれないのです。
 人が亡くなった朝カラスが啼いていた。きっと知らせていたのだ。と思うことがあります。実際、カラスは毎日鳴いているものです。そのように過去が現在を受けて、解釈されるわけです。
 そうはいうものの、自分もきっと九死に一生を得て、お守りが壊れる事があったら間違いなく、お守りのおかげで助かったと人に話すと思います。

 お守りがこのように考えられるようになったの、神仏に関わるものが災厄の身代わりを引き受ける話が、存在しているからです。
 例えば船橋の藤原堂に納められている木彫りの観音像にまつわるお話です。

  ある男が、長年の宿願だった観音像を奉ろうと思い、都の仏師に作って貰う事を頼みました。仏師は、慈悲の心があり、幼いころから観音様を篤く信仰していました。観音様の功徳か、仏師はとても美しい像を造りあげました。
 仏像を持って男の家に届けると、仏師は褒美を与える事にしました。それはとてもいい馬でした。仏師はとても喜び、褒美の馬に乗って都に帰って行きました。
 馬がいなくなってみると、男は馬が惜しくなりました。そこで家来に仏師を射殺し、馬を取り返してくることを命じました。
 家来は待ち伏せし、命じられるままに仏師に矢を射掛けました。背中から貫いた矢によって仏師は倒れ、馬を奪い、家来は戻りました。
 馬を取り戻したものの男は、不安に思いました。そこで家来に都に様子を見にいかせます。
 家来が都にいくと、仏師は生きていて、取り戻したはずの馬もいるのです。
 家来はあわてて屋敷に戻ると、男にその事を告げます。馬小屋に行くと馬はいません。そして観音様を納めた厨子を開くと、その胸は矢で射抜かれたように血が流れていました。
 
 この射られた観音像は、京都の穴太寺に祀られています。では藤原にあるのは何かともうしますと、同じ木から作られた同じ仏師の作だそうです。
 そのせいで、どこかで伝承が変わってしまったのかもしれないですね。

 今回、身代わりの仏さまのことは割合多かったです。調べていて実は同じところで作られていて、みんなでたばかられていたら怖いなと思いました。
 そういう伝承はありませんでしたが。
posted by 九十九屋さんた at 19:15| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック