2006年06月17日

牛と水神

手賀沼の主 http://youkai.seesaa.net/article/16316117.html#trackback
の続きです。

 様々な場所で、牛と水辺が関わっている伝説がある事をお話しました。しかし、どうして牛かという具体的な理由は語られていませんが、ヒントになる話が伝わっています。

 まず、中国のお話です。
 氾濫した川の中で、何かがくだっていき、水が引く頃には上っていった。その時、水は逆立ち,牛のような背中だけが見えた。昔からそれは河伯であるという。
河伯というのは中国で言う水の神ですので、主といっても差し支えはないと思います。

 水神に祈祷して願う事はいくつかありますが、そのひとつに雨乞いがあります。雨乞いの際に、生贄が捧げられますが、その供物の中に牛があります。牛が捧げられた際の行事を殺牛祭神といいます。
 漢国神と言われる事から朝鮮半島を経て日本に伝わってきたものとも、固有の行事であるともいわれるものです。説が割れるのは、各地で行われていたからです。殺牛祭神は、雨乞いを含め、農耕全般に関わる豊穣を祈る儀式でもあったからです。
 農業と牛というのは中国から伝わってきた発想かもしれません。農業の始祖とされる神農は牛の姿であり、風雨を操ったとされる蚩尤もまた牛をシンボルとしてもちます。また、中国では土製の牛の作り物は寒さをあらわし、冬が終わると共に放り出されたという伝承があります
 しかし殺牛祭神は、仏教が広がるに連れて、殺生が禁忌のものとなり消えていきました。

 水に関わる牛の伝承は、河伯と、殺牛祭神が根底に残っていると思うのですがどうでしょうか?

 ちなみに福島県には雨乞いと牛の関わりをよく残す伝説が残っています。


 ある牛が主人が鹿を追って帰ってこなくなったので、小野嶽の頂上にある小野沼に飛び込んだ。ここで牛の話をすると必ず雨が降る。牛の首を作って沼に投げ込み、雨乞いをする。牛の生首を投げ込むと大嵐になって、会津ではその年、米が取れなかったという。
posted by 九十九屋さんた at 19:39| 千葉 🌁| Comment(0) | TrackBack(1) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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