2006年04月08日

手賀沼の主

 夜明けが早くなると、春という気がしますが、特にそう感じるのが桜の開花です。各地で桜の咲く名所がありますが、手賀沼もその一つです。
 手賀沼は、現在ウナギが年1トンあまりとれますが、昔は今よりも多くのウナギが取れたといわれます。そんなウナギが祟ったという話も残っています。

 昔、ある漁師が手賀沼で、三貫目(11.25キログラム)もある大きなうなぎを釣り上げました。普通のウナギの大きさを考えればまさに怪物といえます。結局、買い手がつかぬまま、ウナギは死んでしまいました。そこで供養のために塚をたてました。塚が立つというのは変わらないのですが、釣り上げた漁師が亡くなってしまう場合や、主が人間にばける伝承のものもあります。

 ところが、もう一つ手賀沼の主の伝承があります。
 昔、阿比古の里に若い僧侶が来て、人々の尊崇を集めましたが、誰も食事姿を見たことがありませんでした。ある時、「我が孫や子よ、健やかなれ」という文字を残し、白い牡牛と共に姿を消してしまいました。それから「阿比古」を「我孫子」と書くようになったというのですが、その牛が手賀沼の主だったというのです。


 牛が主などいいますと奇妙で、どちらかといえば竜や蛇という感じだと思いますよね。ところが、全国の水辺に、牛に関わる伝承が残っています。


雌滝と呼ばれる深淵で、六左衛門という男が鮎を獲ろうとしたところ、水が大いに逆巻き、淵の中から大きな黄牛が現れ、吽々と吼えて襲ってきた。六衛門は淵から上がり宿に帰ったが、急に発熱しうわ言を言い出して、3日後に死んでしまった。深淵から牛が出るのは奇妙だが、淵の主霊だったのだろう。
 

牛を連れてこの辺りを通ると、牛が自ら淵の中に入ってしまうという。あるいは水牛のようなものがいて、しばしば現れるという。


牛が出ていって、池のそばに行った。そこで別の牛と格闘していたが、心配になった馬の主は角に油を塗ってやった。翌日牛をつけていくと、池の中から出てきたものが角の油で滑った。その正体は河童であった。


安家川の淵には、夜、牛が出てきて草を食う。あるとき、その牛が金の鶏に変じて飛んでいった。また、淵の中に木の枝があるので見ていると、枝が頭を持ち上げた。よく見ると牛であった。


あと有名なところでは牛鬼がいますね。こうしたものはなんなのでしょうか。それはまた次回に。
posted by 九十九屋さんた at 21:31| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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牛と水神
Excerpt: 手賀沼の主の続きです
Weblog: 妖怪古今録
Tracked: 2006-06-17 19:39